実践事例

小学校6年児童1人1台の活用 SKYMENU Cloud 実践報告

「書く力」の育成と一人一台端末の活用

富樫 大輔 教諭

茨城県那珂市立菅谷西小学校

はじめに

黒板が発明され、一斉教授指導の場に持ち込まれたのは17世紀とも18世紀とも言われる。ヨーロッパにおいて、それまでの貴族の子弟と家庭教師のような一対一の指導の関係は、黒板が導入されたことによって、一対多のより効率的な学習へと変質した。富裕階級がその恩恵を独占してきた子女教育は、いわゆる公教育として一般市民へとその門戸を大きく広げた。

今、学校教育の現場に導入された一人一台端末は、黒板と同様に、教育史に重要な画期をもたらすものであり、その意義と可能性は非常に大きいものであると感じる。本稿では『「書く力」の育成と一人一台端末の活用』というタイトルで、「書く」を取り巻く現状、「書く」の分析、そして一人一台端末による「書く」指導の試みの順に論を進めていく。

国語教師としての私の経験

私は国語を専門とする教師として、「書くこと」の指導改善に興味関心を有していた。書く力の効果的な育成のために、いくつかの実践を行い、それなりに手応えを得ていた。『私の指導によって児童の「書くこと」が向上した』少なくとも私の目にはそう見えていて、そう思い込んでいた。

ノートに「書く」が、さまざまなレベルで「できない」子供は、これまでも一定数教室内に存在していた。授業中ぼんやりして手を動かさない子供には、「今日はすばやく見やすく書けたね」「ほら、早く書きなさい」など、称賛や叱責を繰り返しつつ「書く」をさせた。

また、ノートのマスを大きくはみ出して漢字練習をしてくる子供には、「マスに書くと、字が綺麗に書けるよ」「今日の字はマスにきちんと入っているから、自分の字の間違いに気付きやすいんだね」とアドバイスしたり、あるいは「もっと大きいマスのノートを使おうか」などと提案したり、さまざまな方法でその困難をなんとか乗り越えさせようと働きかけてきた。

小6児童を対象とした「書くこと」の研究を行ったある年、研究成果をまとめる目的で行った授業後の児童アンケートで、「書くことは上手になった。が、書くことは好きではない」という回答が大きな割合を占めたことに、私はショックを受けた。子供たちが挙げた理由は、「そもそも紙に書くのが好きじゃない」であった。そうした児童に、いくら工夫した形で「書くこと」を指導しても、「紙に鉛筆で書く」プロセスを通過させる以上、本人の意欲の高まりや技能の向上にはつながらないのではないか、むしろ長い目で見たときに、「書くこと」をつまらないと思う子供、書くことから遠ざかる子供を増やす危険性すらあるのではないかと考えるに至った。

「書く」を取り巻く現状

一定の長さを有する文書作成の際、今日我々が手書きすることは、そうした専門的特性を有する職業人や、趣味でそれらを行う人間を除いて、極めて少ないのではないだろうか。手帳などのメモは頻繁にとるものの、例えば100字以上の文書を手書きで作成する機会が、少なくとも私にはない。年賀状の余白に「今年こそ落ち着いたらぜひまた飲みましょう」といったつまらない添え文を書いたが、今数えたところ20字程度しかなく、その前の機会は思い出せない。

現場を離れ、大学で研修する機会を得た2021年秋、私が物理キーボードで入力する隣で、スマートフォンのフリック入力で授業後のミニッツペーパー400字程度を作成する大学生に大変驚かされた。尋ねると、「予測変換があるからこっちのほうがいいんです」との答えで、なるほどと納得させられた。ICT機器を活用することには、ほかにも手直しの容易さ、保存性など大きなメリットがあり、だからこそ手書きは機器に代わられてきた。そして技術革新により手書きに代わって「書く」を行う手段のメジャーも、日進月歩で変化しているのを感じる。

子供にとっての「書く」

令和3年9月、茨城県那珂市立菅谷西小学校第6学年でアンケートを実施した結果、以下のような回答を児童から得ることができた。

1は物理キーボードによる入力である。3は画面下部に映し出される映像としてのキーボードで、これにはローマ字入力と仮名入力の両方が含まれる。4はタッチペンを用いて画面にペンの軌跡を映し出していく、いわゆる「手書き入力機能」を想定した。結果、鉛筆やタッチペンで「書く」よりも、端末を用いたキーボード入力などの方式を、児童はより好ましいと感じる傾向があることがわかった。

図1は中西一弘(2011)による「文章作成の各段階」を参考にして、筆者が図式化したものである。中西一弘(2011)は、「書く」を「導入」「題材の選定」「取材の追求」「構成・配置の見取り図」「記述の遂行」「推敲の反復学習」「評価・処理・活用」の7段階からなる営みであると説明した。その5段階目、「記述の遂行」すなわち題材を選び、取材し、構成してきたものを文書に出力する活動は、手書きがこれまで想定されていた。しかしそれは「書くこと」を構成する一要素であり、それ以前の活動すなわち「導入」「題材の選定」「取材の追求」「構成・配置の見取り図」の成果を出力する段階である。「記述の遂行」は「書く」を構成する段階の1段に過ぎないことが、図からも明らかである。にもかかわらず、「手書き」が苦手であることで、作文等の成果物が正当に出力されず、結果「書く」全ての評価が正しく行われない。それをストレスに感じ、意欲を失い、結果総体としての「書く」から遠ざかっていく子供が、これまでも教室に存在したはずである。そうした子供の少なくとも一部が今日、「発達性読み書き障害」として認知されている。宇野彰(2009)によって、「発達性読み書き障害」の子供は全体の7パーセント、40人学級に3人存在しているという研究結果が明らかにされた。症例ではやはり「書き」、特に漢字の書字に困難を抱える子供が多いそうである。

図1「手書き」で「記述の遂行」を上手にできない児童は、それが原因で「書く」の評価がCになってしまう。

「鉛筆で」「紙に」以外の選択肢を与え、「記述の遂行」の段階を乗り越える

当然、困難の顕在場面やレベルには差があり、全てが「障害」でもなければ、「手書き」が諸悪の根源であって、それを回避することで全てが解決するということでも決してない。ここでは「物理キーボードで入力する」等ICT機器を活用しても、「記述の遂行」は可能であり、イコール「書くこと」は達成可能であるということを明らかにしたい。教育的ニーズを有する児童に、「鉛筆で」「紙に」以外の選択肢を与え、「記述の遂行」の段階を乗り越えること、それがいわゆる「意欲的な学び」「個別最適な学び」につながり、それは、一人一台端末が導入された現在、我々教師が一人一人の子供をよく見て、ふさわしい方法を示すことで実現できると考えている。

繰り返しになるが、私が目指したいのは、児童生徒一人一人により良い選択肢を与えることである。鉛筆を使いたい児童は鉛筆を、キーボードで入力したい児童はキーボードを活用して、それぞれの「書く」を実現する、そんな授業の在り方を目指している。児童が自律的な一学習者として、自らの個性を理解し、自らにふさわしい方法を選択でき、あるいは示される学びの機会、自らの選択の力を高め、自信を育むことのできる学びの場を与えたいと考えており、「鉛筆で書く」を教室から排除したいという希望をもつものではないことを強調しておきたい。

一人一台端末による「書くこと」の指導の試み

本実践は令和3年11月、茨城県那珂市立菅谷西小学校で行ったものである。前段階として「読むこと」として日本文化についての文章を読み、図を用いた説明や問いかけなど記述の工夫を理解している。それを「書くこと」の単元として、日本文化についてパンフレットにまとめるというのが本単元である。指導要領に示されたとおり、「写真や絵などの図を使って」「構成を工夫して」日本文化を説明する文章を「書く」学習活動を行い、それが達成されたかを評価していった。児童個人が興味関心を有する日本の文化財を選び、「カード」として資料に示したような写真と文章記述の合計2ページにまとめた。

なお、本授業では『SKYMENU Cloud』の[発表ノート]機能を使用している。入力方法は選択可能とし、物理キーボード、画面キーボードに加え、手書きで行いたい児童はタッチペンを用いて直接入力する、あるいはカードに縦横比を合わせて記入欄を設けたワークシートを配付し、それに鉛筆で書いたものを撮影、その画像をトリミングしてカードに配置するよう指示した。

資料児童Aがまとめた[発表ノート]

資料は、児童Aのカードである。Aは明朗快活、学業も全般的に優秀な児童であるが、漢字の書きが苦手で、書くこと全般に苦手意識を有しており、「先生、作文嫌いです」とよく口にする。今回の授業では物理キーボード入力を選択し、楽しそうに「書く」を行っていた。

寿司が好きなことから、記述の題材として紹介する日本文化を「寿司」と設定した。さらに記述内容を取材し追求するため、寿司の歴史について調べたところ、現在のいわゆるシャリとネタの寿司だけではない、いろいろな寿司について知り、テーマ「お寿司の歴史」を設定している。左側の写真を右側の文章で過不足なく説明し、テーマにふさわしい構成ができており、それらを説明するために必要な図の取捨選択も巧みに行えている。各段階を踏まえ、この児童は本活動で、評価されるべき「書く」が達成されたことになる。

これが苦手とする手書きだったら、文章記述でストップしてしまい、あるいはできたとしても大きなストレスを感じ、こうした成果物が得られなかったと推測される。仕上がりが思うようでなければ、自他の評価も低く、苦手意識を強化し、次の活動への意欲が減退するのは、どんな作品作りも同様であろう。Aは事後アンケートで、「とても楽しかった」「すごくよくできた」等のプラスの回答をしており、今回の学習が充実した活動となったことが回答からうかがえた。

一人一台端末の活用により、児童一人一人に
選択肢を示し「書くこと」を行うべきである。

おわりに ~「書くこと」観の更新

有史以来、「書くこと」はこれまで、手書きを必須としてきた。手書きを通過しなければ、「書くこと」は成立しなかった。しかし現代社会において、手書きは必須ではないどころか、むしろその機会に出会わなくなって久しい。そしてそこに困難を有し、救いの手を求める子供が観測され認知され、さらに学校にそれを解決するためのツールとしての一人一台端末が配置された現在、一人一台端末の活用により、児童一人一人に選択肢を示し「書くこと」を行うべきであるというのが本稿の主旨である。

将来、ICT機器の技術革新により、我々が知り得ない新しい「書く」方法が開発され、それを用いても「書くこと」は実現されるであろう。未来を生きる子供が、自らの「書く」を高め、自己実現を達成し、自信をもって生涯を生きるためには、自らの特性に照らして、自分に合った方法を発見し、自ら選択する力が重要であり、それも含めて「書くこと」の力と考えるべきではあるまいか。そうすることによって我々も、普遍的価値を有する「書くこと」を手に入れられるのではあるまいか。

幸いにして、一人一台端末という強力な道具を我々は得ることができた。黒板の導入が教育史に画期をもたらしたように、イノベーションを現場にもたらすこと、それが我々に課せられた使命であると言えよう。そのために、自らの専門分野に照らして、自らの居所を省察し、教育観を果敢にアップデートしていく気構えが、現代社会を生きる教師に求められるように思う。

(2022年5月掲載)

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