私たちの日常生活や企業活動は、もはやICTなくして成り立たないといっても過言ではありません。未来を生きる子どもたちにとって、「情報活用能力」の習得は喫緊の課題です。小・中・高等学校の学習指導要領の改訂により、情報活用能力は言語能力や問題発見・解決能力と並ぶ「学習の基盤となる資質・能力」の一つと位置づけられました。その中で、現在推進されているICT教育は、情報活用能力や読解力などの基礎学力の定着にもつながることが期待されています。一方で、ICT教育に課題が残されていることも確かです。この記事では、ICT教育の課題と、課題解決に向けた国の政策などについて紹介します。
ICT教育推進の背景
ICT教育とは、情報通信技術(Information and Communication Technology)を活用した教育活動の総称です。デジタルを手段として、加速度的に変化する社会の創り手となる子どもたちの可能性を解き放ち、多様な子どもたち1人ひとりに合った学びを提供することを目的としています。 現在ICT環境を整える動きが活発化していますが、日本でのICT教育整備は諸外国と比べ遅れていました。
諸外国と比べて遅れていた日本のICT教育
日本のICT教育の状況は、OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに実施している義務教育修了段階(15歳)を対象とした、学習到達度調査「PISA」から推測できます。「OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)」の結果によると、「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」は、調査開始から変わらず世界トップレベルの成績であり、平均得点・順位が統計的に低下した「読解力」も、OECD平均より高得点のグループに位置しました。
一方で、学校の授業(国語、数学、理科)におけるデジタル機器の利用状況の調査では、日本はOECD加盟国の中で最下位と、他国に比べて学校のICT環境の整備が遅れていたことがわかりました。日本のICT利用は、「学習外」のチャットやゲームに偏っていたのに対し、ICT先進国であるシンガポールでは「ICT教育マスタープラン」に基づき、1997年から国が端末やネットワークなどの整備を行ったり、2009年の「マスタープラン3」により電子教科書の普及が進んでいたりと、かねてよりICT教育が積極的に行われていることがうかがえます。同じく、ICT先進国のエストニアでは、2012年以降BYOD(Bring Your Own Device:私用デバイスを持ち込み活用すること)を踏まえたICTインフラ支援が進んでおり、日本のICT教育環境との違いが明らかになりました。
GIGAスクール構想により進むICT環境の整備
前項で触れたPISA2018の調査結果を踏まえ、文部科学省は2019年に「GIGAスクール構想」の取り組みを開始しました。GIGAスクール構想は、「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育ICT環境を実現する」取り組みです。
GIGAスクール構想の取り組みを開始した当初は、2023年までの4年計画で進める予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年3月、小・中・高等学校等における全国一斉の臨時休業が行われた際に、臨時休業期間中の学びの保障のため、予定よりも前倒しでICTを活用した遠隔・オンライン教育が進められました。文部科学省の「義務教育段階における1人1台端末の整備状況(令和4年度末時点)」によると、残る2自治体での整備が2023年度中に完了予定とされており、現状ではほぼ整備されたと考えられます。
ICT教育の課題
GIGAスクール構想により「1人1台端末」の環境が整備され、教育現場でのICT活用が進んでいるなかで、ICT教育には知っておくべき課題があります。ここでは、日本のICT教育が直面している課題について紹介します。
教員のICT活用指導力
学校現場におけるICT活用では、教員のITリテラシーを問う声が聞かれます。しかし、1人1台端末の整備が完了した今、教員に求められるのは自身のITスキルの向上ではなく、児童生徒がICTを活用するための指導力の向上だといわれています。児童生徒がICTを活用して課題解決に取り組むための授業デザイン、効果的に活用させる指導力が欠かせません。教員のICT活用指導力を向上させるには、大きく次の3つの取り組みが推奨されています。
チームでサポートする研修の充実
教育委員会や教育センター、学校での研修において担当者となる研修リーダー1人に任せるのではなく、全体が一つのチームとなって1人1台端末の活用研修を実施することが大切です。場合によっては、ICT支援員や大学の講師などの外部人材も活用し、研修リーダーと共に情報収集・企画・運営を行うことも重要です。
教員同士のアイデアを共有する
受講者の属性や特性に合った研修を実施できるようにグループ演習や模擬授業を行うなど研修形態やプログラムを工夫したり、受講者同士でICT活用のアイデアなどを出し合ったり、それぞれの成果や課題を共有したりすることも大切です。
管理職がICT活用をけん引する
ICT教育を進めるにあたり、管理職がリーダーシップを発揮して学校全体のICT活用を推進することが重要です。そのためには、ICT教育に関する内容を管理職研修に盛り込むといった工夫が求められています。また、管理職は学校全体のICT活用促進のリーダーであるという自覚を持ってもらうことがとても大切です。
1人1台端末更新時の費用負担
一般的に、教育用コンピュータやタブレット端末などの端末は、故障の増加やバッテリの経年劣化のため5年程度を目安に更新するのが一般的です。端末の故障の理由によっては、保護者に費用を請求する自治体もありますが、当初GIGAスクール構想第2期に向けた端末更新費用を、どこが負担するのかについて明確な方針が示されていませんでした。
こうした現状を踏まえて2023年11月29日に成立した「令和5年度文部科学省補正予算」では「GIGAスクール構想の推進~1人1台端末の着実な更新~」として、義務教育段階における国公私立学校の1人1台端末を着実に更新するための経費が計上されました。文部科学省は、GIGAスクール構想の第2期に向け、5年程度かけて1人1台端末を計画的に更新するとしています。
ただし、この補正予算の決め手とされる「デフレ完全脱却のための総合経済対策」(令和5年 11 月2日閣議決定)では「大宗の更新が終了する2026年度中に、地方公共団体における効率的な執行・活用状況について検証するとともに、次期更新に向けて、今後の支援の在り方を検討し、方向性を示す」とされており、今後の更新に関する支援については活用状況の検証結果によるものとしています。
ICT環境の運用管理に関する負荷
ICT環境は、導入後に運用管理の手間がかかります。特に学校においては不注意や悪ふざけによる端末の破損や故障は少なくなく、使えなくなった端末には修理・交換が必要です。また、1人1台の端末に対し、クラウドサービスを活用するための「1人1ID」が割り振ることが2021年の文部科学省「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」で示されました。「入学」「進級」「進学」「卒業」など、忙しい年度末にIDの登録・変更・削除などの年次更新業務が集中し、現場の負担が大きくなることも課題の一つとなっています。
情報モラル教育の重要性
教員の目が行き届かない場所で、児童生徒が端末を使う場面が増えることを踏まえ、情報モラル教育を充実させる必要があります。情報モラルとは「情報社会で適正に活動するための基となる考え方や態度」のことです。具体的には、「他者への影響を考え、人権、知的財産権など自他の権利を尊重し情報社会での行動に責任をもつこと」「危険回避など情報を正しく安全に利用できること」「コンピュータなどの情報機器の使用による健康とのかかわりを理解すること」などが該当します。
情報セキュリティ対策の強化
教育委員会や学校が所有する情報は、公文書管理や個人情報保護の法制により適正な管理が求められています。文部科学省の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」などを参考に、リスクの発生を想定して備えることが大切です。2017年に策定された本ガイドラインは、2024年1月までに3度の改訂が行われており、時代に合わせて対策をアップデートしていくことも重要です。
ICT教育の課題解決に向けた国の政策(令和6年度文部科学省予算より)
前項で紹介したICT教育における課題の解決に向け、国はどのような政策を行っているのでしょうか。文部科学省が発表した「令和6年度予算のポイント」を基に紹介します。
GIGAスクール運営支援センター整備事業
2022年度より、学校のICT運用を広域的に支援する「GIGAスクール運営支援センター」の整備事業が進められていますが、GIGAスクール第1ステージ半ばで顕在化した自治体間格差の解消に向け2023年~2024年を集中推進期間として伴走支援を強化することになっており、運営支援センターの機能強化も図られます。これにあたり、都道府県等が民間事業者へ業務委託するための費用の一部を国が補助します。GIGAスクール運営支援センターでは、学校や市区町村単位を越えてICT活用を支援するほか、自治体のニーズに応じて専門性の高い支援の提供を目標としています。
次世代の学校・教育現場を見据えた先端技術・教育データの利活用促進
GIGAスクール構想により1人1台端末の活用が進み、生成AIの利用が社会に急速に普及しました。それらを踏まえ、教育の質の向上を図るとともに、新たな政策課題に対応するため「目指すべき次世代の学校・教育現場」を見据えた上で、最先端の技術や教育データの効果的な利活用を推進するための実証等を行っています。
学習者用デジタル教科書の導入
2024年度から、小学5年生から中学3年生を対象とする「英語」、その次に現場のニーズが高い「算数・数学」でデジタル教科書が段階的に導入されます。また、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に役立つデジタル教科書の効果的な活用について研究・発信し、児童生徒の学びの充実や障害等による学習上の困難の低減の実現をめざしています。
教育DXを支える基盤的ツールの整備・活用
教育データの利活用に必要な知見や成果を共有できる基盤的ツールを整備し、そのデータが効率的・効果的に活用されるよう教育データの相互運用性を確保するためのルールの整備、国や自治体によるデータ分析と、分析に基づくアクションを実行しています。これに伴い、文部科学省CBTシステム(MEXCBT)を公的プラットフォームとして提供することや、文部科学省WEB調査システム(EduSurvey)の開発・活用促進などが行われています。
ICT教育の課題は着実に改善されつつある
ICT教育は、大きく変容する未来を生きる子どもたちに必要な能力・資質を育む教育です。GIGAスクール構想によってICT環境整備が大きく進展し、ほぼすべての自治体で1人1台端末環境が整備されました。一方で、学校の授業におけるデジタル機器の利用状況は2018年時点で、OECD加盟国の中で最下位と、他国に比べて学校のICT環境の整備が遅れていたことも事実です。これを踏まえ、現在抱えている複数の課題についても、国の政策などで解消に向かうことが期待されています。
ICTを活用した学習活動を支援する「SKYMENU Cloud」
GIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台のPC端末が配備され、ICTを基盤とした新しい学びのかたちが広がっています。児童生徒が自己調整しながら学びを進める「個別最適な学び」と多様な個性を最大限に生かす「協働的な学び」、これらの学びを一体的に充実させ、児童生徒が自らの手で未来を豊かに創り出していく力の育成を「SKYMENU Cloud」は支援します。