近年、小学校での必修化が話題となり、耳にする機会が増えた「プログラミング教育」。専門的な技術という印象が強いプログラミングを教育現場に取り入れられることについて、保護者の方の中には「具体的には、何を学ぶの?」「なぜ必修化されたの?」「どのようなねらいがあるの?」といった疑問を持つ方もいらっしゃると思います。この記事では、プログラミング教育の概要や必修化された経緯、具体的な学習内容、現在の状況について紹介します。
プログラミング教育とは「プログラミング的思考」を育成する学習活動のこと
プログラミング教育とは、物事を順序立てて論理的に考える力(プログラミング的思考)や、プログラミングに関する技術および知識を学ぶための教育のことです。文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」では、「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動を行う必要があります」と記されています。現在、コンピュータは電化製品や自動車など身近なものにも内蔵され、生活を便利で豊かなものにしています。コンピュータは人が命令を与えることによって動作しますが、端的にいえばこの命令が「プログラム」であり、命令を与えることが「プログラミング」です。プログラミング教育では、そうしたコンピュータの仕組みを知ることが大切になります。
プログラミング教育が導入された理由
現在、コンピュータなどの情報機器やそれによってもたらされる情報を、生活のあらゆる活動において適切に選択・活用して問題を解決していくことが不可欠な社会が到来しつつあるいわれています。そのような時代を生きていく児童生徒にとって、コンピュータを理解し活用する力を身につけることは、将来どのような職業に就くとしても極めて重要だと考えられています。プログラミングを学ぶことで、コンピュータに自分が求める動作をさせることができるとともに、コンピュータの仕組みの一端をうかがい知ることができるので、コンピュータが魔法の箱ではなくなり、より主体的に活用することにつながります。
すでにプログラミングの能力を発揮して、起業する若者や特許を取得する児童生徒も現れています。プログラミング教育には、こうした児童生徒の可能性を発掘し、社会で活躍するきっかけとなることも期待されているのです。諸外国でも、初等教育の段階からプログラミング教育を導入する動きが見られます。こうした背景から、学習指導要領の改訂にあたって、小・中・高等学校を通じてプログラミング教育を充実させることが盛り込まれました。
プログラミング教育が必修化された経緯
プログラミング教育の導入は、中央教育審議会(以下、中教審)における学習指導要領の改訂に向けた議論のなかで検討が始まり、2016年には有識者会議が持たれました。同年、中教審は学習指導要領の改善に関してプログラミング教育も含めた答申を行っています。その後、学校への周知や教科書検定、移行期間などの準備期間を経て、2020年から小学校で新学習指導要領が全面実施されるのと同時に、プログラミング教育の必修化がスタートしました。また、中学校や高等学校でも、新学習指導要領の全面実施に伴ってプログラミング教育の充実が図られています。さらに、2025年度からは大学入学共通テストに教科として「情報」が新設され、「情報I」が出題科目として設定されました。
各教育機関へのプログラミング教育導入の流れ
プログラミング教育の学習イメージ
プログラミング教育といっても、小学校から実際に製品開発などで使われているプログラミング言語を学ぶわけではありません。また、「国語」「算数」「総合的な学習の時間」のような教科等の一つとして「プログラミング」が追加されたわけではなく、既存の教科等の中で学習を進めていくようなイメージです。
前述の「小学校プログラミング教育の手引」には、学習指導要領に例示されている単元等で実施するものとして、小学5年生の算数の授業において、「プログラミングを通して、正多角形の意味を基に正多角形をかく場面」という例が挙げられています。コンピュータには通常「正多角形をかく」という命令は用意されていないため、コンピュータに用意されている命令を組み合わせることを考えます。
正多角形の意味を基に正多角形をかく場面のプログラム例
出典:文部科学省「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」
児童は、「長さ◯cmの線を引く」「角度が90°の向きを見つける」といった動きに、どの命令が対応し、どのような順序で組み合わせればよいのかを考えます。「正多角形をかく」という学習課題に対して「必要な動きを分けて考える」「動きに対応した命令にする」「それらを組み合わせる」といった試行錯誤を行うなかで、プログラミング的思考を働かせます。この学習では、先に紙の上に手書きで作図し、正確に作図することは難しいことを実感することで、手作業で行うには難しいことでも、コンピュータであれば容易にできることもあると気づくことができるとされています。
小学校でプログラミング教育に取り組み始めるタイミング
小学校におけるプログラミング教育は、学習指導要領でも「◯年生から取り組み始める」と定められているわけではありません。また、どの教科のどの単元でプログラミング学習を行うのか、その学習内容も具体的には記載されていないため、プログラミング教育の進度は小学校教育を所管する教育委員会や教員によって決められます。なお、文部科学省のWebサイトでは、「小学校プログラミング教育指導事例集」が公開されています。
プログラミング教育のねらい
小学校でプログラミング教育に取り組むことには、どのようなねらいがあるのでしょうか。ここでは、文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」を基に、小学校におけるプログラミング教育のねらいについて詳しく解説します。
プログラミング的思考を育む
プログラミング教育のねらいの一つは、「プログラミング的思考」を育むことです。前述の「小学校プログラミング教育の手引」の中で、プログラミング的思考は次のように説明されています。
【「プログラミング的思考」とは】 自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力
プログラミング的思考が働くプロセスでは、「必要な動きを分けて考えること」「動きに対応した命令を出すこと」「組み合わせること」を繰り返して試行錯誤し、問題解決に向かうと想定されています。このような論理的思考力は、急速な技術革新のなかで情報技術がどのように変化しても、普遍的に求められる力です。情報技術が生活にますます身近なものとなるなか、プログラミング的思考を育むことでそれらを使いこなし、より良い人生や社会づくりに生かしていくことが期待されています。
身近な問題の解決やより良い社会を築こうとする態度を育む
プログラミング教育のねらいには、プログラムの利点や情報技術の重要性に気づき、コンピュータを活用した問題解決能力や良い社会を築く態度を育むことも挙げられています。文部科学省が公開している「教育の情報化に関する手引き-追補版-(令和2年6月)第3章」によると、小・中・高等学校のプログラミング教育において、それぞれ下記のような資質・能力を育むことを目標としています。
プログラミング教育の教育目標
参考:文部科学省「教育の情報化の手引き-追補版-(令和2年6月)第3章」を元に作成
小学校の学びでは、「コンピュータはプログラムで動いていること」「コンピュータが日常生活のさまざまな場面で使われ、生活を便利にしていること」「コンピュータに意図した処理を行わせるためには必要な手順があること」といった気づきが重視されています。これは、こうした気づきが身近な問題の解決やより良い社会を築こうとする態度を育み、中学校以降のプログラミング学習や今後のコンピュータ活用の基盤となると考えられているためです。
各教科等での学びをより確実なものとする
算数や理科などの授業の中でプログラミング体験を行う場合には、各教科の学習内容をより確実に理解するというねらいが必要になります。この場合は、プログラミング体験そのものを学習の目的とするのではなく、その教科への理解を深めるためにプログラミング体験を用いるという考え方です。先述の正多角形の作図を例に挙げると、「プログラミングによって正多角形を作図する学習活動に取り組むことにより、正多角形の性質をより確実に理解する」ことがねらいになります。
児童生徒にとってプログラミング教育が大切な理由
プログラミング教育のねらいは明確になりましたが、児童生徒にとっては具体的にどのような効果やメリットがあるのでしょうか。児童生徒にとって、プログラミング教育が大切な理由を3つ紹介します。
大学入学共通テストの出題科目に「情報I」が加わる
2025年度(令和7年度)から、大学入学共通テストの出題科目として「情報I」が加わることが文部科学省の「令和7年度大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト実施大綱の予告」によって発表されました。これまでは国語、地理歴史、公民、数学、理科、外国語の6教科30科目でしたが、この中の科目が統合され、教科として情報、科目として「情報I」が加わり、7教科21科目に再編されます。実際の受験科目や配点は各大学の裁量となりますが、多くの国立大学では「情報I」を一般入試で課すことが発表されています。高等学校で必履修科目となった「情報I」では、実際にプログラミング言語を用いた学習が行われるため、小学校からプログラミングに触れておくことは、受験対策としても有効です。
将来的に職業の選択肢が広がる
プログラミング的思考を身につけることは、将来的に職業選択の幅を広げます。現代では、電化製品や自動車といった生活に欠かせないものから、ゲームなどの娯楽、政府や自治体を運用するための基盤となるシステムまで、あらゆるものがコンピュータプログラムによって動いています。これらを活用するために、企業が求めるのがプログラミングスキルを持つ人材です。経済産業省の「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果(平成28年)」によると、今後ますますIT需要が拡大していく一方で、IT人材不足が深刻化する可能性が高いとされています。予測では、2030年に最大で約79万人のIT人材が不足するというデータもあります。どんな職業に就くとしても必要とされるプログラミング的思考ですが、より発展的なプログラミングスキルを習得することで、選択肢はさらに広がります。
予測困難な時代に必要な創造力を育む
プログラミング教育は、これからの時代に必要な新しい価値を生み出す創造力を育むことが期待されています。テクノロジーが発達し、これまで人が行っていた作業の多くがAI(人工知能)やロボットに置き換わっていくことが予測されています。しかし、技術革新に伴って関連する雇用が失われるのは時代の常で、今に始まったことではありません。例えば、自動車の発明により、馬車の御者などの雇用は失われましたが、新たに自動車の製造や運転手などの雇用が生まれました。児童生徒には、変化が見通せないこれからの時代においても、これまでの歴史と同じように新しい社会の在り方を創造する力を身につけることが求められています。
プログラミング教育の現在の状況
小学校におけるプログラミング教育は、2017年の学習指導要領改訂に伴って準備が始められ、2020年度には全面実施されています。開始から4年が経過し、プログラミング教育の現場は現在どのような状況になっているのでしょうか。ここではハードウェア、ソフトウェアの両面から、現状を解説します。
1人1台端末が整備されている
文部科学省が公表している「令和4年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」(以下、実態調査結果)によると、児童生徒1人あたりの教育用コンピュータの台数は、プログラミング教育が必修化された2020年以降、急激に伸びました。2023年3月1日時点で、児童生徒1人当たりの教育用コンピュータは約1.2台となっています。都道府県別の調査でも、最低値で1.0台となっており、全都道府県で「1人1台端末」が整備されているといえます。
教科書にプログラミングに関連する記載が増えている
2024年から小学校で使われる教科書では、「小学校 学習指導要領(平成 29 年告示)」でプログラミング学習について例示された「算数」「理科」「総合的な学習の時間」以外の教科においてもプログラミングに関連する記載が増えています。例えば「国語」では、身近な課題の解決について書かれたプログラマーの文章や、プログラミング的思考について学ぶ資料が掲載されています。そのほかにも、「音楽」や「体育」といった実技的な教科でも扱われました。
地域や学校によってICT活用指導力向上の取り組みには差がある
プログラミング教育が必修化されたものの、教育内容については各学校に任されているため、地域や学校、また指導する教員によって取り組みに差が出ているのが現状です。例えば、教員は「ICT活用指導力に関する研修」を受ける必要がありますが、その受講率は地域によってばらつきがあります。前述の実態調査結果によると、2022年度中にICT活用指導力の各項目に関する研修を受講した教員の割合(都道府県別)は、最低が59.0%、最高が95.0%となっており、都道府県によって大きな差があります。
これからの社会を生きる児童に不可欠なプログラミング教育
プログラミング教育は、物事を順序立てて論理的に考える力を身につけ、プログラミングに関する技術や知識を学ぶための教育です。小学校では2020年より必修化され、そのねらいは「プログラミング的思考を育む」「身近な問題の解決やより良い社会を築こうとする態度を育む」「各教科等での学びをより確実なものとする」ことであるとされています。学校現場では「1人1台端末」がほぼ整備され、各教科の教科書においても、プログラミングに関連する記載が増えています。一方で、地域や学校によってICT活用指導力を向上させる取り組みに差が出ています。しかし、プログラミング的思考は、これからの社会を生きる児童にとって欠かせない力であることは確かですので、これらの課題にどのように対応するのかが問われているといえます。
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