日本の教育行政の文書に初めて「キャリア教育」という言葉が登場したのは、1999年の中央教育審議会答申においてでした。その後、さまざまな調査研究や施策を経て、現在では多くの学校でキャリア教育が行われています。この記事では、キャリア教育の意味や重要視される理由、キャリア教育によって育成される能力などについて解説。また、小・中・高等学校でのキャリア教育の実践例についても紹介します。
キャリア教育とは、キャリア発達を促す教育のこと
はじめに「キャリア教育」の定義を確認します。文部科学省Webサイト「キャリア教育」のページでは、中央教育審議会 平成23年答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(以下:キャリア答申)に基づき「人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、『キャリア』であるとされています」とキャリアを定義し、キャリア教育については「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育が『キャリア教育』です」と定義しています。
20世紀後半におきた地球規模の情報技術革新に起因する社会経済・産業的環境の国際化、グローバリゼーションを背景に提唱されてきたキャリア教育ですが、「平成29・30・31年改訂 学習指導要領」の総則では、「児童(生徒)が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう,特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること」と明記され、小学校段階から取り組むべき教育と位置づけられています。これを受け、学習指導要領に準じて改訂した「小学校キャリア教育の手引き(2022年3月)」および「中学校・高等学校キャリア教育の手引き(2023年3月)」(以下、キャリア教育の手引き)が発行されています。
キャリア教育に取り組み始めるタイミング
キャリア教育に取り組み始めるのは、どのタイミングからが適しているのでしょうか。キャリア教育の手引きには、前述のキャリア答申において以下に紹介する2つの基本的な方向性が挙げられていると記されています。
今後のキャリア教育の基本的方向性
- 幼児期の教育から高等教育まで体系的にキャリア教育を進めること。その中心として、基礎的・汎用的能力を確実に育成するとともに、社会・職業との関連を重視し、実践的・体験的な活動を充実すること。
- 学校は、生涯にわたり社会人・職業人としてのキャリア形成を支援していく機能の充実を図ること。
すなわち、キャリア教育は、幼児期の教育から高等教育まで、発達段階に応じて体系的に実施されるものです。また、学校が生涯にわたりキャリア形成を支援していく機能の充実を図ることも示されています。
キャリア教育と職業教育の違い
キャリア答申の説明によると、職業教育とは一定または特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育のことです。キャリア教育と職業教育の違いを、キャリア答申の内容を基に整理すると、以下のようになります。
■キャリア教育と職業教育が育成する力および教育活動
育成する力 | 教育活動 | |
---|---|---|
キャリア教育 | 1人ひとりの社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度。 | 普通教育、専門教育を問わずさまざまな教育活動の中で実施される。職業教育も含まれる。 |
職業教育 | 一定または特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度。 | 具体の職業に関する教育を通して行われる。社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる能力や態度を育成する上でも、極めて有効。 |
キャリア教育と進路指導の関係
キャリア教育と進路指導には、どのような関係があるのでしょうか。キャリア答申によれば、進路指導とは生徒の個人資料、進路情報、啓発的経験および相談を通じて、生徒が自ら、将来の進路を選択・計画し、就職または進学をして、さらにその後の生活によりよく適応し、能力を伸長するように、教員が組織的・継続的に指導・援助する過程であり、どのような人間になり、どう生きていくことが望ましいのかといった長期的展望に立った人間形成を目指す教育活動と定義されています。こうした進路指導のねらいは、「キャリア教育の目指すところとほぼ同じ」とキャリア答申で記されていますが、各学校は自校におけるこれまでの進路指導の実践をキャリア教育の視点から捉え直し、その在り方を見直すことが必要とも指摘されています。
キャリア教育が大切な理由
児童生徒たちにとって、なぜキャリア教育が大切なのでしょうか。ここではキャリア教育が大切な理由を3つご紹介します。
社会に出るための力を養う
キャリア教育は、児童生徒たちが将来、社会に出て働くための基礎的な力を養う上で非常に大切です。基礎的な力には、後述する自己理解・自己管理能力、課題対応能力、キャリアプランニング能力などが含まれます。企業の社内研修などでもこうした育成は行われていますが、企業だけがその役割を担うのは限界があるというのが実情です。児童生徒たちが社会に出る前に、キャリア教育を通じて、社会的・職業的な自立に向けた基礎的な知識やスキルを身につけることが求められています。
キャリアを考えるきっかけになる
将来、自分がどんな職業に就き、社会の中でどのように自分の役割を果たしながら自分らしい生き方を実現していくのか、これらを考えるきっかけとしても、キャリア教育は重要な役割を果たします。高等学校卒業後に就職する生徒の割合が減っている現在、将来や職業について考える機会は先延ばしにされる傾向があります。しかし、大学や短大へ進学する場合でも、自分の将来や職業について考えることは不可欠です。学業と将来をしっかりと結びつけるために、キャリア教育が役立つとされています。
学習意欲の向上につながる
キャリア教育は、将来と学業を結びつけ、児童生徒の学習意欲を向上させる役割も果たします。「将来に役立つから勉強する」という意識を持つことが、学習に向かうモチベーションの向上にも重要です。日本の若者は、OECD諸国の中でもこうした意識が低いことが指摘されています。将来のために勉強しようという意欲を養うには、キャリア教育を通して、今学習している内容が自分自身の将来にどうつながるかを知ることで、学習意欲を高めることが大切です。
キャリア教育の現状
続いて、キャリア教育の現状をご紹介します。国立教育政策研究所が公表している「キャリア教育に関する総合的研究 第一次報告書」(2020年3月)ならびに「キャリア教育に関する総合的研究 第二次報告書」(2021年10月)を基に、小・中・高等学校におけるキャリア教育の現状についてまとめました。
小学校におけるキャリア教育
小学校では、約8割の学校がキャリア教育の全体計画を立てていますが、年間指導計画の作成は約5割にとどまります。キャリア教育の体験活動を計画する際、日常生活や日々の学習と将来をつなげて考えることを重視している学校は約7割です。しかし、職場見学など体験活動の実施、キャリア・パスポート(キャリア教育に関わる活動について、学びのプロセスを記述し振り返ることができるポートフォリオ的な教材)の作成、キャリア・カウンセリングの実施などはまだ十分ではありません。これらに取り組んだ児童の多くはキャリア学習の意義を実感し、基礎的能力や学習意欲の向上も見られるため、活動のさらなる充実が求められています。
中学校におけるキャリア教育
中学校におけるキャリア教育は、約9割の学校が全体計画を、約8割が学年計画を作成しています。全体計画では、身につけさせたい資質・能力が意識されているものの、各教科との連携やカリキュラム全体の管理については今後の改善点とされています。年間指導計画では体験活動が重要視されており、教科学習や日常生活との結びつきを通じて、将来の生き方との接続を意識した指導の充実が求められるとしています。また、職場体験活動に参加した生徒の多くが「将来の職業選択を考える上で役に立った」と感じています。
高等学校におけるキャリア教育
高等学校におけるキャリア教育は、約8割の学校が全体計画と年間指導計画を立てているものの、各教科のキャリア教育実施率は4割に満たない状況です。中でも将来のリスク対応や、情報化の進展(AI・IoT等)による産業構造・労働環境の変化に関する学習を実施する学校の割合が低いことが懸念事項とされています。生徒は就業体験活動への参加を有意義と感じており、また、卒業直後の進路選択に関する指導だけでなく、自分を知ることや社会人・職業人になった自分を想定した指導を求めていると指摘しています。生徒1人ひとりが自分の将来を考えるための支援を強化することが重要です。
キャリア教育で育成したい基礎的・汎用的能力を構成する能力
先述したとおり、「基礎的・汎用的能力を構成する能力」の確実な育成は、キャリア教育の中心課題といえるものです。では、基礎的・汎用的能力とはどのような力を指すのでしょうか。キャリア答申ではその具体的内容について、「仕事に就くこと」に焦点を当て、実際の行動として表れるという観点から、4つの能力を提示しています。また、これらの能力は包括的な能力概念であり、必要な要素をできる限りわかりやすく提示するという観点でまとめたものであるとしています。
4つの能力は、それぞれが独立したものではなく、相互に関連・依存した関係にあるとし、そのため特に順序があるものではありません。さらに、これらの能力をすべての児童生徒が同じ程度、またはあるいは均一に身につけることを求めるものではないとも述べられています。以下に、キャリア答申で提示されている4つの基礎的・汎用的能力について、それぞれ解説していきます。
人間関係形成・社会形成能力
人間関係形成・社会形成能力とは、多様な他者の考えや立場を理解し、相手の意見を聴いて自分の考えを正確に伝えることができるとともに、自分の置かれている状況を受け止め、役割を果たしつつ他者と協力・協働して社会に参画し今後の社会を積極的に形成することができる力のことです。この能力は、多様な価値観を持つ現代社会で働き、生活する基礎となります。性別、年齢、個性など多様な人材が活躍する中で、変化に適応し、新たな社会を築く柔軟性も求められています。
自己理解・自己管理能力
自己理解・自己管理能力とは、自分が「できること」「意義を感じること」「したいこと」について社会との相互関係を保ちつつ、今後の自分自身の可能性を含めた肯定的な理解に基づき主体的に行動すると同時に、自らの思考や感情を律し、かつ、今後の成長のために進んで学ぼうとする力のことです。この能力は、自信のなさを感じる児童生徒にとって、「やればできる」という前向きな行動を促すものであり、変化の激しい社会にあって他者と協力・協働する上でますます重要になるといわれています。
課題対応能力
課題対応能力は、仕事をする上でのさまざまな課題を発見・分析し、適切な計画を立ててその課題を処理し、解決できる力のことです。この能力は、自らが行うべきことに意欲的に取り組み、知識基盤社会の到来やグローバル化などを踏まえて、従来の考え方や方法にとらわれずに物事を前に進めていくために必要となります。また、社会の情報化に伴い、情報および情報手段を主体的に選択し活用する力を身につけることも重要だとされています。
キャリアプランニング能力
キャリアプランニング能力は、働くことの意義を理解し、自らが果たすべきさまざまな立場や役割との関連を踏まえて働くことを位置づけ、多様な生き方に関するさまざまな情報を適切に取捨選択・活用しながら、自ら主体的に判断してキャリアを形成していく力のことです。この能力は、社会人・職業人として生活していくために、生涯にわたって必要となる能力とされています。
キャリア教育の実践例
キャリア教育は、実際の教育現場でどのように行われているのでしょうか。ここからは小・中・高等学校ごとの、キャリア教育の実践例を紹介します。
小学校での実践例:学級活動「思い出カルタをつくろう」
小学校の5年生の学級活動で、「残りわずかとなったクラスでの思い出や、みんなの心が一つになったことを出し合って、思い出に残る活動をしたい」という願いの実現に向けて、「思い出カルタをつくろう」という議題が提案されました。
学級会の時間に思い出カルタを作り、そのカルタでカルタ大会をすることなどが決まり、カルタに書くこと、実践するための役割分担、カルタ大会後のカルタの活用などについて話し合いが行われました。こうした活動を通して、1年間の学級での思い出を目に見える形として共有することが、1人ひとりの学級への所属感をより高めていくことにつながっています。
中学校での実践例:国語科「互いの立場や考えを尊重しながら話しあう」
中学校2年の国語科、「互いの立場や考えを尊重しながら話しあう」という単元において、ある中学校では、「人間関係形成・社会形成能力」に深く関わるものとして、SDGsのゴールの一つである「住み続けられるまちづくりを」に関する討論が行われました。
導入において討論の役割やルールおよび自分の主張を確認します。展開ではテーマに沿って自分が決定した課題、課題解決のための取り組みとその根拠を発表し、質疑応答、意見交換をしながら討論を行った上で、お互いの考えの共通点や相違点、新たな提案を確認。結論をまとめて、お互いの立場や考えを尊重して話し合えたかを評価しました。最後に本時における自分の学習の進め方を振り返りました。この単元の前半では、集めた情報を基に、設定した課題を自分の問題として認識し、解決のために取り組もうとすることを自己決定することがポイントとなりました。グループの話し合いでは、最終的な合意によって、グループとして何が決まったのかを明確にすることを重視したということです。
高等学校での実践例:歴史総合「近代化への問い」
「歴史総合」の「近代化への問い」という単元で、ある高等学校では、第1時に「近代初期の人々の生活や社会はどのようなものだったのだろうか」という学習課題を設定。続く第2時に「近代化に伴う生活や社会の変容について、これからの学習で自分が考えてみたい問いを表現しよう」という学習課題にも取り組みました。
こうした課題を通じて、資料を適切かつ効果的に読み取りまとめる活動に取り組みました。さまざまな資料から必要な情報を主体的に選択して活用する力は、課題対応能力の中でも重要な要素の一つです。また、近現代の生活や社会などを、働くことの意義・役割といった視点で考えることや、当時の生活や社会と現代の生活や社会を比較したり、そこから自分自身の問いを表現し、学習の見通しを立てたりすることが、キャリアプランニング能力を育成する第一歩と位置づけられました。
理念と実践が浸透しつつあるキャリア教育
キャリア教育は、子どもや若者の生きる力を育成するという観点から、学校での学びと社会との関連性を教え、学習意欲を向上させるとともに、学習習慣を確立させることを目指すものです。小・中・高等学校でさまざまな取り組みが実施されており、職場体験などの取り組みだけではなく、日常的な教科学習の中でもキャリア教育を意識した学びが組み込まれ始めています。高度情報化が進み、将来の予測が困難な時代に対応する力を育むためにも、現在、あらためてキャリア教育の重要性が認識されています。
ICTを活用した学習活動を支援する「SKYMENU Cloud」
GIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台のPC端末が配備され、ICTを基盤とした新しい学びのかたちが広がっています。児童生徒が自己調整しながら学びを進める「個別最適な学び」と多様な個性を最大限に生かす「協働的な学び」、これらの学びを一体的に充実させ、児童生徒が自らの手で未来を豊かに創り出していく力の育成を「SKYMENU Cloud」は支援します。