2020年度から順次実施された学習指導要領では、小学校からの「キャリア教育」が明示されました。それに伴い「キャリア・パスポート」の取り組みがスタート。キャリア・パスポートを活用して学びのプロセスを記録し、自分の成長を振り返ることで主体的に学びに向かう力を育てキャリア形成に生かすことができます。この記事では、キャリア・パスポートが導入された目的や、作成の際に留意したいポイント、キャリア・パスポートの活用事例などをご紹介します。
キャリア・パスポートとは、小学校から高等学校までの成長を自己評価できるポートフォリオのこと
キャリア・パスポートとは、児童生徒が小学校から高等学校までの学びや活動を記録し、節目となるタイミングで自分の成長の足跡を振り返りながら現在の自分自身を見つめ、学習の見通しや将来の展望を図るためのポートフォリオです。文部科学省の2019年3月29日付の事務連絡「『キャリア・パスポート』例示資料等について」の関連資料「『キャリア・パスポート』の様式例と指導上の留意事項」(以下、指導上の留意事項)では、キャリア・パスポートは次のとおり定義されています。
「キャリア・パスポート」とは,児童生徒が,小学校から高等学校までのキャリア教育に関わる諸活動について,特別活動の学級活動及びホームルーム活動を中心として,各教科等と往還し,自らの学習状況やキャリア形成を見通したり振り返ったりしながら,自身の変容や成長を自己評価できるよう工夫されたポートフォリオのことである。
なお,その記述や自己評価の指導にあたっては,教師が対話的に関わり,児童生徒一人一人の目標修正などの改善を支援し,個性を伸ばす指導へとつなげながら,学校,家庭及び地域における学びを自己のキャリア形成に生かそうとする態度を養うよう努めなければならない。
出典:文部科学省「『キャリア・パスポート』の様式例と指導上の留意事項」
前述の「指導上の留意事項」によると、学年や校種を越えて持ち上がれるもので小学校入学から高等学校卒業までの記録を蓄積する前提の内容とする、各シートはA4判に統一され、各学年での蓄積は数ページ程度(5枚以内)とするとされています。ただし、これはあくまで「様式例」であり、都道府県教育委員会や各地域・各学校で柔軟にカスタマイズされることが前提になっています。いずれにしても、小学校から高等学校まで一貫して使用するものですので、様式が統一されていることが大切です。この点については、後ほど詳しく説明します。
キャリア・パスポートが作られた目的
まず、国立教育政策研究所が発行するキャリア教育リーフレット「キャリア・パスポートって何だろう?」を参考に、キャリアとは何かを確認します。人は他者や社会との関わりのなかで、さまざまな役割を担い、生きていきます。そして、そうした役割同士の関係や価値を判断し、取捨選択や創造を重ねていきます。この役割の連なりや積み重ねが「キャリア」です。このキャリアは、ある年齢に達すると自然に獲得されるものではなく、発達を促すには外部からの組織的・体系的な働きかけが不可欠であるともいわれています。
つまり、キャリア教育とは児童生徒がさまざまな役割の関係や価値を自ら判断し、取捨選択や創造を重ねることができるようになるための、組織的・体系的な働きかけであり、それを支える教材がキャリア・パスポートであるといえます。
なお、「指導上の留意事項」では、キャリア・パスポートの目的を次のように整理しています。
キャリア・パスポートの目的
小学校から高等学校を通じて,児童生徒にとっては,自らの学習状況やキャリア形成を見通りしたり,振り返ったりして,自己評価を行うとともに,主体的に学びに向かう力を育み,自己実現につなぐもの。
教師にとっては,その記述をもとに対話的にかかわることによって,児童生徒の成長を促し,系統的な指導に資するもの。
出典:文部科学省「『キャリア・パスポート』の様式例と指導上の留意事項」
キャリア・パスポートが導入された経緯
キャリア教育は、就業体験や進路指導といった狭いものとして捉えられることが少なくありません。しかし、本来は児童生徒のキャリア形成のために必要な汎用的能力を育てていくもので、学校の教育活動全体を通して行うものとされています。文部科学省は、この認識の上で「特別活動がキャリア教育にどのような役割を果たすべきかを明確に示す必要がある」という背景から、小学校から高等学校までキャリア教育に関わる活動について「学びのプロセスを記述し振り返ることができるポートフォリオ的な教材(キャリア・パスポート)」の活用が効果的ではないかとの提案があったと説明しています。
キャリア・パスポートをアレンジする際の注意点
前述のとおり、「指導上の留意事項」で文部科学省が示したキャリア・パスポートはあくまで様式の一例であり、都道府県教育委員会や各地域・各学校で柔軟にカスタマイズされることを前提としています。ここでは、キャリア・パスポートをアレンジする際の注意点を3つご紹介します。
学校種や学年を越えて引き継げるものにする
キャリア・パスポートは、国公私立すべての学校で取り組むことが前提であり、学校種や学年を越えて引き継げるものにする必要があります。そのため、次の点に留意して作成することが大切です。
キャリア・パスポートの作成時に留意すべき点
- 小学校入学から高等学校卒業までの記録を蓄積する前提の内容とする
- 児童生徒自らが記録する
- 学校生活全体および家庭、地域における学びを含む内容とする
- 学校種や学年を越えて持ち上がれるものとする
- 詳しい説明がなくても児童生徒が記述できるものとする
- 内容のカスタマイズは、教員や保護者代表、民間企業や団体の代表、教育委員会職員などの多様な意見を生かして行うものとする
参考:文部科学省「『キャリア・パスポート』の様式例と指導上の留意事項」
4つの基礎的・汎用的能力を意識した内容にする
キャリア・パスポートをカスタマイズする際は、キャリア教育で育成すべき4つの基礎的・汎用的能力を踏まえて行います。以前、中央教育審議会が学校におけるキャリア教育について答申した際に整理された4つの基礎的・汎用的能力は次のとおりです。
キャリア教育で育成すべき4つの基礎的・汎用的能力
- 人間関係形成・社会形成能力
- 自己理解・自己管理能力
- 課題対応能力
- キャリアプランニング能力
出典:国立教育政策研究所「中教審が示すキャリア教育 新たな方向性」
この4つの基礎的・汎用的能力は、学校の授業や行事などのさまざまな活動や体験、家庭・地域との交流などを通して育まれます。なお、この能力はそれぞれが独立したものではなく、相互に関連・依存した関係にあります。特に順序があるものではなく、4つの能力をすべてが同じ程度、または均一に身につけることを求めるものではないとされています。
教科外活動や学校外での活動も含めた内容にする
キャリア・パスポートには、学校生活全体および家庭、地域における学びを含めた内容を記載します。教科・科目のみ、あるいは学校行事等のみの自己評価票とならないよう、次の3つの視点から振り返り、見通しが持てる内容にすることが求められます。
キャリア・パスポートに記載する3つの視点
- 教科学習(国語、算数、理科、社会、音楽など、各教科における学習)
- 教科外活動(学校行事、児童会・生徒会活動や係活動、部活動など、教科学習以外の学校内での活動)
- 学校外の活動(ボランティアなどの地域活動、家庭内での取り組み、習い事などの活動)
参考:文部科学省「『キャリア・パスポート』の様式例と指導上の留意事項」
キャリア・パスポートの書き方
キャリア・パスポートは、学校段階を超えて活用できるようにしつつ、地域の実情に合わせたカスタマイズや、学校や学級における創意工夫を生かした活用ができるように検討すべきとされています。ただし、卒業した学校にかかわらず同様の要素が記録されるよう、一定の統一性を持たせることも重要です。文部科学省などが提示している例示資料を基に、各学校段階におけるキャリア・パスポートの書き方をご紹介します。
小学校の場合
小学校は、進路の探索・選択に係る基盤形成の時期とされています。それを踏まえてそれぞれの目標を定めるとともに、児童や地域の実態に応じた目標を設定することが大切です。児童の発達段階を鑑みて漢字・仮名を使い分け、児童自身が抵抗なく記入できるよう工夫することも必要です。書き方のポイントは次の3点です。
1. キャリア・パスポートの目的を伝える
キャリア・パスポートの最初のページでは、地域や学校の願いを反映させた、温かなメッセージを贈ります。また、その中で、キャリア・パスポートが子どもたちの成長を記録するものであることを説明します。文部科学省が提示する「キャリア・パスポート(例示資料案等)小学校」の1ページ目に記載されているメッセージの例がこちらです。
最初のページに書くメッセージ例
しょうがくせいの みなさんへ
いよいよ がっこうでのせいかつが はじまりました。
がっこうでは ともだちといっしょに なかよくべんきょうしたり うんどうしたりします。だれとでもなかよく ちからをあわせてがんばることができるように せんせいたちも おうえんしていきます。
このぱすぽーとは みなさんのせいちょうを きろくするためのものです。せんせいたちも このぱすぽーとをみながら みなさんのせいちょうを みまもっていきます。
出典:文部科学省「キャリア・パスポート(例示資料案等)小学校」
2. 学校生活の中でがんばってほしいことを示す
次に、「小学校生活でがんばってほしいこと」を示します。キャリア教育における「基礎的・汎用的能力」を踏まえ、学校の教育目標等に応じて設定することが大切です。例えば、文部科学省が作成した例示資料を参考に神奈川県の教育委員会が作成した「かながわ版キャリア・パスポート」には「小学校生活でがんばってほしいこと」が次のように記されています。
小学校生活でがんばってほしいことの記載例
- 友達や家の人の話を聞くとき、その人の考えや気持ちをわかろうとすること
- 自分の考えや気持ちを、相手にわかりやすく伝えようと気を付けること
- 委員会、係、当番活動などで、自分から仕事を見つけたり、役割分担したりしながら、力を合わせて行動すること
- 好きでないことや苦手なことでも、自分から進んで取り組むこと
- 調べたいことや知りたいことがあるとき、自分から進んで資料や情報を集めたり、誰かに質問したりすること
- 何かをするとき、計画を立ててすすめたり、途中でやり方に工夫したり、見直したりすること
- 自分の夢や目標に向かって、生活や勉強の仕方を工夫すること
出典:神奈川県教育委員会「かながわ版キャリア・パスポート」
3. 目標や振り返りが記入できるワークシートを用意する
児童がキャリア・パスポートを記入しながら、自己分析したり見通しを立てたりできるよう、年度初めには「将来の夢」や「こんな自分になりたい」といった展望を描く欄を設け、年度末には「なりたい自分にどれだけ近づけたか」を記載する欄で振り返りを行います。
中学校の場合
小学校での学びを引き継いで、中学校でもキャリア・パスポートを記入します。中学校におけるキャリア・パスポートの書き方のポイントは次の3点です。
1. 小学校生活を振り返り、新たな気持ちで学びに向かえるよう支援する
中学校において、初めてキャリア・パスポートに記入するページでは、「なりたい自分になるために身につけたいこと(目標)と、そのために取り組みたいこと」を記入する欄を設け、新たな気持ちで意欲的に学びに向かえるように支援します。小学校のキャリア・パスポートを見ながら振り返り、自分が送りたい中学校生活の具体的な場面を想定してもらいながら記入を促します。また、先生や保護者からのメッセージの欄には、子どもの成長を心から楽しみにしている一人の大人として、肯定的なメッセージを記入するのが理想的だとされています。
2. 教科学習、教科外活動、学校外活動をそれぞれ記述できるようにする
中学校でも、教科学習、教科外活動、学校外活動の幅広い場面から自己を振り返り、見通しが持てる内容を記入できるようにします。年度初めの欄に「中学生活でさらに伸ばしてほしい4つの力」として解説を記載し、学期や年度末には「4つの力」の習得度合いを測る評価基準を示しておくことがお勧めです。
3. 小・中学校の9年間を通した振り返りをできるようにする
中学校3年生のキャリアシートでは、義務教育最後の1年であり、それぞれの進路を切り開く1年であることを生徒と共有した上で、小・中学校の9年間を振り返る時間を設けます。
小・中学校の9年間に書いてきたキャリア・パスポートを読み返しながら、自分自身を見つめ直して記入させます。また、自分の成長を振り返った上で、将来のなりたい自分についてじっくり考えさせることも大切です。9年間での成長を実感し、自己肯定感を高めて将来の自分をイメージすることで、前向きに取り組めるように促します。これからの抱負を考え、さらに伸ばしたいことや、これから努力することなどを具体的に考えられるワークシートを用意する方法もあります。
高等学校の場合
高等学校では、生徒が将来の社会的・職業的自立に向けて、現在の学習と実社会とのつながりを意識し、目的を持って学べるように、記録を続けます。高等学校におけるキャリア・パスポートの書き方のポイントは次の3点です。
1. 義務教育期間を振り返り、高校生活をスタートする
小・中学校9年間のキャリア・パスポートを振り返り、自分の長所や、より成長させたいところを自ら分析するよう促します。キャリア教育において重視される「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の4つの資質能力を軸に、分析できるのが理想的です。
また、分析の際には、なぜその力を伸ばすことにこだわるのかを今一度振り返り、整理することも大切です。4つすべてについて、伸ばしたい力を設定することが難しい場合は、生徒の実態等に応じて、特に意識して伸ばしたい力を絞り込むことも考えられます。
2. 自由記述ができるワークシートを用意する
高等学校では、教員が詳細な質問を用意して答えを導くのではなく、生徒自身が自由に記述できるワークシートを設けるとよいとされています。教科学習、教科外活動、学校外活動などにおける取り組みについて、一番心に残っていること、良かったこと、それが自分自身の成長にどのように影響したかといったことを自分の言葉で記述するよう促します。
3. 将来を具体的に考えられる工夫をする
小学校入学から高等学校卒業までを振り返るとともに、自分自身の「現在(今)」と「将来」についてまとめるワークシートになるのが理想です。社会にどのように貢献していきたいか、どういう生き方をしていきたいかを考え、自分の良さや強みを生かして、能力が発揮できる進路や生き方を見通していくことにつなげます。
キャリア・パスポートを活用する際のポイント
キャリア・パスポートは、どのように活用していくのが望ましいのでしょうか。キャリア・パスポートを活用するにあたって、意識したいポイントをご紹介します。
特別活動の時間を活用する
独立行政法人 教職員支援機構のWebサイトに公開された筑波大学の藤田 晃之 教授の動画では、キャリア・パスポートを活用する時間として、小・中・高等学校の特別活動(学級活動やホームルームなど)の標準授業時数である年間35時間(小学校1年生のみ年間34時間)のうち、年間4時間を割り当てるとよいとされています。これは、新年度の開始時と学期終了時に各1時間を、キャリア・パスポートを活用する時間に充てていくイメージです。また、記録のみにとどまることなく、記録を用いた話し合い活動や意思決定を重視することが大切です。学級活動・ホームルーム活動以外の教科・科目や学校行事等も活用すると、より効率的に記入できます。
教員や保護者などの関わりを重視する
キャリア・パスポートの活用には、教員や保護者といった大人の積極的な関わりが欠かせません。一番身近な大人である教員や保護者から認められるメッセージは児童生徒の励みになり、自分の中に新たな可能性を見いだしたり、自尊感情や自己有用感を高めたりすることにつながるからです。年度の初めに、キャリア・パスポートについて児童生徒に説明するためのシートを用いて、保護者や地域の方にも、キャリア・パスポートのねらいを共有してもらうことがお勧めです。保護者会や3者面談などの機会を活用する方法もあります。
キャリア・パスポートの事例:3者面談でキャリア・パスポートを活用
キャリア・パスポートの活用イメージとして、国立教育政策研究所が公開してる東京都の世田谷区立富士中学校の事例をご紹介します。
世田谷区立富士中学校の校長先生(2021年当時)は、キャリア・パスポートをつくる負担感ではなく、キャリア・パスポートをどう使うかに目を向け、3者面談での活用を発案しました。従来は教師が作成した資料を3者面談の資料としていましたが、現在は生徒が記録・蓄積したキャリア・パスポートを活用しています。
自分が書いたキャリア・パスポートを使って面談が進められることに安心感を覚える生徒が多く、本人の記録を基に生徒の良さや可能性を褒めることで生徒の意欲を喚起したり、保護者との信頼関係を築いたりするキャリアカウンセリングツールとして効果を発揮しています。
キャリア・パスポートを活用する上での課題
前述したように、キャリア・パスポートを積極的に活用する学校が増えている一方で、さらなる活用に向けた課題も浮き彫りになりつつあります。ここでは、キャリア・パスポートを活用する上での課題についてご紹介します。
様式が統一されていないことが多い
キャリア・パスポートには、すべての学校で一定の統一性を担保する工夫が求められています。しかし、実際にはキャリア・パスポートの様式が統一されておらず、小学校からキャリア・パスポートを引き継いだ中学校では、活用方法に迷うケースが発生しています。
高等学校との連携が難しい
キャリア・パスポートは、小学校1年生から高等学校3年生までの学びの軌跡をまとめるものです。しかし、市町村教育委員会の管轄下にある小・中学校と、都道府県の教育委員会の下に設置されている高等学校では、キャリア・パスポートの運用・活用において連携が取りにくいとの意見が挙がっています。
キャリア・パスポートで、児童生徒の長期的なキャリア形成をサポートしよう
キャリア・パスポートは、児童生徒が学校生活におけるキャリア教育を通じた学びを記入し、その足跡を振り返りながら社会生活へつながる気づきを得ていくものです。児童生徒に活用を促すことはもちろん、教員や保護者がキャリア・パスポートを通じて児童生徒のことを知ろうとする姿勢も、成長を助けることにつながります。学校生活はもちろん、家庭内や地域の暮らしの中にもキャリア教育を落とし込み、キャリア・パスポートを柔軟に活用していくことが大切です。
ICTを活用した学習活動を支援する「SKYMENU Cloud」
GIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台の端末が配備され、ICTを基盤とした新しい学びのかたちが広がっています。児童生徒が自己調整しながら学びを進める「個別最適な学び」と多様な個性を最大限に生かす「協働的な学び」、これらの学びを一体的に充実させ、児童生徒が自らの手で未来を豊かに創り出していく力の育成を「SKYMENU Cloud」は支援します。