わが国が目指すべき未来社会として政府が打ち出す「Society 5.0」でも重視されており、教科等横断的な学びにより、課題を発見・解決する力を育む「STEAM(スティーム)教育」は、その前身である「STEM(ステム)教育」を根幹として理念が形成されてきました。STEAM教育を推進していくためには、土台となるSTEM教育についても知っておきたいという方も少なくないのではないでしょうか。この記事では、STEM教育が注目され始めた背景やSTEAM教育との違いのほか、国内外の実践事例などを紹介します。
科学・技術・工学・数学を自ら学ぶ児童生徒を育成するSTEM教育
STEM教育とは、「科学(Science)」「技術(Technology)」「工学(Engineering)」「数学(Mathematics)」を統合的に学び、数理的思考力を育む教育のことです。AIやIoTなどの急速な発展により社会が激しく変化している今、児童生徒が直面する課題はますます多様化しています。STEM分野が複雑に絡み合う現代の課題に立ち向かうには、単に科学技術分野のスキルに特化するだけでなく、課題の立て方を見直す力や、課題解決によって社会的な価値の創造に結びつけていく力が必要です。そこでSTEM教育では、分野の壁を越えて知識や考え方を統合的に働かせて、自発的に課題を発見したり解決したりする力の育成が重視されています。
文部科学省では、各教科における学びを実社会での問題発見・解決に生かしていくため、STEMに「芸術(Art)」や、文化・生活・経済・法律・政治・倫理などを含めた広い範囲を表す「リベラルアーツ(Arts)」を表す「A」を加えてSTEAMとし、文理の枠を超えた教科横断的な学習を推進しています。
STEM教育が注目された背景
STEM教育は、2009年に第44代アメリカ大統領のバラク・オバマ氏が演説で用いたことで注目されるようになった言葉です。第二次世界大戦後、アメリカでは科学教育に注力してきましたが、国際的な学力調査などでは児童生徒の理科の学力が向上していないことが問題となっていました。そこでオバマ氏は、STEM教育を国家事業の一つに位置づけ、優先的に予算を配分していきます。2013年には「STEM5か年戦略計画」を発表し、2020年までにSTEMに特化した小・中学校の教員を10万人増やすこと、高校卒業前にSTEM教育を経験している青年が50%増加していること、10年間でSTEMの学位を取得する卒業生を100万人増加させることといった、具体的な数値目標を定めました。
こうしたアメリカの動きに加えて、STEM教育がさらに世界へ広がった背景には「PISA(OECD生徒の学習到達度調査)」も大きく影響しています。PISAによって自国の教育水準や学力が可視化され、多くの国が「STEM教育が自国の経済力や国際影響力につながる」と考えるようになり、国家戦略としてSTEM教育を位置づけるようになりました。
STEM教育とSTEAM教育との違い
STEM教育とSTEAM教育は、「芸術(Art)」や「リベラルアーツ(Arts)」を表す「A」の要素があるかどうかという点で異なります。リベラルアーツとは、文系・理系といった垣根を越えて文化・生活・経済・法律・政治・倫理など、多様な分野を統合的に学び、各分野の知識を関連づけながら幅広い教養を身につけることです。STEAM教育では、STEM分野の横断的な知識の習得に加え、総合的な教養を用いて創造性を発揮することにより、新たなアイデアを生み出したり、より柔軟な課題の解決方法を導き出したりすることにつながると考えられています。
従来、理系とされるSTEM分野と、文系とされるA分野は対照的な学術領域として捉えられることが一般的でした。しかし、現代においては一つの正解を求める知識・技能の習得だけでなく、それらをどうすれば社会で生かせるのかを考えていく必要があります。例えば、「技術は本当に私たちを幸せにしているか」「そもそも幸福とは何か」といったことを掘り下げていかなくてはなりません。STEM+Aの相互作用によってイノベーションの創出を推進するとともに、一層豊かな人生を追求していく力を育む必要性が高まっていることが、STEAM教育が求められている主な理由といえます。
STEM教育が重要な理由
STEM教育が重要だとされている主な理由としては、次の5点が挙げられます。それぞれのポイントを紹介します。
技術の進歩に対応するため
STEM教育が重要な理由の一つは、急速な技術の進歩に適応するためです。今後はAIやIoTといった技術が一層身近なものとなり、あらゆるものが自動化されていくことは想像に難くありません。こうした技術を活用するには、開発者だけでなく利用者もおおよその仕組みを理解しておく必要があります。新たな技術に適応しながら暮らしに役立てていくには、相応のリテラシーが不可欠です。このような現代社会を生きていくために必要な基礎的な知識・技能を習得する上で、STEM教育が重要な役割を果たすと考えられています。
問題解決能力が求められているため
現代社会では、求められる問題解決能力が従来よりも高度になりつつあることも、STEM教育が重視される理由の一つです。特定の学問分野で専門性を高めていくだけでなく、さまざまな課題に対応できるように実社会に根ざした分野横断的な知識・技能を身につけられるかが問われています。実際、現実の社会で直面する問題の大半は、特定の学術領域だけで扱われるべきものではありません。主体的に課題を発見し、知識・技能を統合的に駆使して自ら解決策を模索していく力を育むために、STEM教育が求められています。
働き方の選択肢を増やすため
STEM教育が重視される理由には、児童生徒が将来の職業を選ぶ際に、働き方の選択肢を増やすこともあります。私たちの暮らしがテクノロジーと切り離せないものになっていくことは、それらの技術を担う職種の人材需要が高まっていくことにほかなりません。米国労働統計局では、2022~2032年の10年間でSTEMに関連する職種の雇用者数が10.8%増加すると予測しています。STEM分野以外の職業では雇用者数の増加が2.3%にとどまると予測されている点を踏まえると、STEM教育によって培った知識・技能が職業の選択肢を広げる要素となるのは明らかです。
国際的な競争力を高めるため
STEM教育が重視される理由に、グローバルな視点で国家の競争力を高めることがあります。STEM教育によって培われる資質・能力は、国の経済成長に大きな影響をもたらすと考えられています。諸外国でもSTEM教育・STEAM教育が導入されており、各国で国際競争力を高めていく動きが加速しているのが実情です。スマートフォンや生成AIが瞬く間に全世界に広がり、そうした技術を保有する国々が経済発展を遂げていることからも、グローバルな事業展開を前提とした技術開発を担う人材の育成が、今後ますます必要になると想定されます。
ITリテラシーを高めるため
現代に必要なITリテラシーを身につける重要性が高まっていることも、STEM教育が重視されている理由の一つです。スマートフォンをはじめとするデジタルデバイスが身近なものとなった現代では、誰もが手軽に情報を収集・発信できるようになりました。日常的に大量の情報に接する環境では、不正確な情報や意図的にゆがめられた情報に振り回されることなく、情報セキュリティを含めたリスクにも対応できるスキルが必要です。ITリテラシーを高めることで、情報を適切に選択するとともに、デジタルデバイスをツールとして活用する力を身につける必要があります。
STEM教育のバリエーション
STEM教育はさまざまな領域にまたがる取り組みであることから、そのアプローチにもさまざまなバリエーションがあります。STEM教育の主なバリエーションの例を挙げます。
STREAM
STREAM(ストリーム)は、STEAMに「ロボット工学(Robotics)」の要素が加えられたものです。「工学(Engineering)」の中でも、ロボットに関する領域は特に注目されている分野の一つといえます。ロボットの設計やプログラミング、デザインなどを通じて、科学や技術、工学、数学、芸術などへの理解を一層深めていくことを重視している点が特徴です。特にロボット・プログラミングは、ロボットの動作を通じてプログラムの結果を確認できることから、STREAMの効果的な学習方法として取り入れられるケースが見られます。なお、「R」にはRobotics以外に「評価(Reviewing)」といった意味が込められていることもあります。
eSTEM
eSTEM(イーステム)とは、STEMに「環境(environment)」の要素を加えたアプローチのことです。環境には自然環境のほか、産業環境や生活環境、IT社会を取り巻く環境なども含まれています。現代社会では、科学技術の進歩と環境問題を切り離して考えることは困難です。気候変動や公害問題をはじめとする環境問題は、多くの要因が複雑に絡み合って発生しているため、解決策を考えるには広範囲にわたる知識が不可欠です。技術の進歩によって利便性を高められる一方で、豊かな社会とはどのようなものなのか、深く洞察することが求められています。現在のことだけでなく、未来を見据える視点を培うことがeSTEMの重要な目的の一つです。
GEMS
GEMS(ジェムズ)は、「女性によるSTEM分野への進出(Girls in Engineering Math and Science)」を表す言葉です。STEM分野における女性の活躍事例が世界的に見ても少ないことから、女性の参画を支援する仕組みの構築が急務といわれています。
なお、GEMSは「数学と科学の偉大な冒険(Great Explorations in Math and Science)」と訳されることもあります。この場合のGEMSが表すのは、カリフォルニア大学バークレー校の付属機関であるローレンスホール科学教育研究所で開発されている、幼稚園から高等学校の幼児・児童生徒までを対象とした科学・数学領域の参加型プログラムのことです。同校のGEMS教育では、性別を問わず児童生徒の好奇心をかき立てるプログラムを提供してきました。児童生徒にSTEM分野への興味を持ってもらうには、こうした取り組みへのニーズが今後ますます高まると想定されています。
海外のSTEM教育事情
海外では、STEM教育にどのように取り組んでいるのでしょうか。ここでは、文部科学省資料「諸外国の政府におけるSTEM人材戦略の取組」より、いくつかの国での取り組みや特徴を紹介します。
アメリカ:STEM教育を国家戦略に位置づけ
前述のとおり、アメリカではオバマ政権時の2013年より「STEM5か年戦略計画」が開始され、STEM教育を国家戦略として位置づけた予算拠出のための法整備が進められました。2015年にはSTEM教育法が成立し、STEM教育の定義にコンピュータ科学が含められました。さらに、2017年のSTEM教育法改正では、創造性とイノベーションの促進のためSTEM教育に「芸術(Art)」や「リベラルアーツ(Arts)」といった概念を統合した「A」が追加され、STEAM教育が推進されています。
イギリス:民間機関でSTEM教育活動を展開
イギリスでは、2004年に政府が「科学とイノベーションに関する投資フレームワーク2004-2014」を打ち出し、STEM教育の具体的な目標を10か年計画で示しました。ただし、イギリスにおけるSTEM教育事業は、高等教育機関や研究機関における人材育成としての側面が強く、初等・中等教育では明確な教育政策が行われているわけではありません。初等・中等教育においては、全国STEMセンターやSTEM大使プログラムといった民間機関がSTEM教育関連の活動を行っており、これに対して英国政府が資金を提供しているケースが多く見られます。
韓国:早期からのSTEM英才教育を重視
韓国では、2000年に英才教育振興法が制定され、初等・中等教育における高度なSTEM教育を実施するため、英才教育院などのエリート教育機関が早期から設置されていました。2011年よりカリキュラム改革を行い、義務教育でもSTEMに「芸術(Art)」の「A」を加えたSTEAM教育をその中心的な政策としています。なお、韓国では5年ごとに「科学技術基本計画」を発表しており、その中でSTEAM教育に関する具体的な目標を策定しています。
シンガポール:すべての中学生にSTEM教育を提供
シンガポールでは、2021年の前期中等教育の科学シラバス(教育課程の基準)で、初めてSTEM教育を重視する記載がされましたが、科学教育への取り組みは早くから行われていました。1970年代から政府が次世代の理系人材を育成する機関を運営しており、2014年にはシンガポール政府の協力のもと、中学校のすべての生徒にSTEMプログラムを提供するSTEM Incが設立されました。
日本のSTEAM教育事情
日本では、文部科学省によってSTEAM教育が推進されています。文部科学省では、STEAM教育を独立した教科としてではなく、各教科での学習を実社会での問題発見・解決に生かしていくための教科横断的な教育として位置づけているのが特徴です。なお、日本では2002年度から科学技術人材の育成を中等教育段階から体系的に実施するため「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業」を実施してきましたが、2021年の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」でSSH事業の見直しを図り、STEAM教育を通じた生徒の探究力の育成に取り組むことを発表しました。
また、STEAM教育を支援する民間企業が教育活動やサービスを展開しているほか、埼玉大学では「STEM教育研究センター」を設立し、ワークショップや出張授業などを通じて児童生徒にSTEAM学習の楽しさを実感してもらうための取り組みを行っています。
未来の科学技術系人材を育てるスーパーサイエンスハイスクール
スーパーサイエンスハイスクール(SSH)とは、文部科学省の指定を受け、創造性を高める指導方法や教材開発などの取り組みを通じて、先進的な理数教育を実施する学校のことです。SSHの指定を受けた中高一貫校および高等学校には、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が活動推進に必要な支援を実施します。科学技術振興機構が学校に代わり物品購入や研修・講師費用などの支払いを行うほか、発表会の企画運営や情報提供などを行い、SSHの活動をサポートする仕組みです。STEAM教育もSSHにおける取り組みの一環であることから、先進的な取り組み事例を輩出する学校群として期待されています。下記はSSHにおける課題研究の例です。
SSHにおける課題研究の例
- 富山県立富山中部高等学校:探究活動に必要な基礎的能力を養う学習プログラム「探究モジュール」の開発
- 福井県立若狭高等学校:地元食材であるサバを使って宇宙食として認定される「サバ缶」を開発
- 広島県立西条農業高等学校:農業と理科等を融合した「アグリサイエンス」を学校設定科目として創設
STEAM教育の取り組み事例
文部科学省のWebサイト「StuDX Style」のSTEAM教育等の教科等横断的な学習の推進についてのページでは、STEAM教育の事例が紹介されています。ここでは、その一部を紹介します。
兵庫県教育委員会の事例:英語を含めた国際的な文理融合型教育を実践
兵庫県教育委員会では、2020~2022年まで県立高等学校3校をSTEAM教育実践モデル校に指定し、文理融合型カリキュラムの開発とSTEAM学科の設置を目指してきました。この取り組みでは、STEAMに英語(English)を加え、課題解決型の探究活動をカリキュラム全体に位置づけた点が特徴です。そのため、ネイティブ英語教員を採用・配置し、英語による理系分野の課題研究が進められました。また、モデル校ではSTEAM ROOMが整備され、3DプリンタやドローンなどのICT機器が配置されています。こうしたICT機器・IoTなどを活用した課題研究として、「数学×スポーツ」「音楽×プログラミング」「歴史×データサイエンス」といった多彩な授業が実施されました。
兵庫県立加古川東高等学校の事例:プロジェクト型の探究活動を展開
SSH指定校である兵庫県立加古川東高等学校では、育てるべき生徒像と育成したい力を明確にし、学校全体でSTEAM教育を事業として推進しているのが特徴です。11人の教員による教育企画部が中心となり、教科横断的なカリキュラムを構築しています。STEAM教育担当としては、数学・理科の教員が任命され、多数の特別講座を実施しました。特別講座ではビッグデータを活用した地域の課題発見やドローンによる輸送シミュレーションなど、プロジェクト型の探究活動が展開されています。また、国語や地理歴史といった文系の科目も含め、全教科にSTEAM教育を取り入れるユニークな試みが行われています。
高知県立山田高等学校の事例:自ら探究活動を深める姿勢を育成
高知県立山田高等学校では、独自に「グローバル探究科」を創設し、簡単に答えが見いだせない問いを探究できる生徒の育成を目指しています。学年ごとに目標を定め、段階を踏みながら探究に向かう姿勢を培っている点が特徴です。例えば、1年次には課題の発見から調査・分析、発表までをグループで行い、「探究の型」を身につけます。2年次は他者との意見交換を行いながら、探究の型を用いて個人での探究活動を深めます。3年次には大学での学びを見据え、より学術的な視点で探究活動を行い、論文を完成させるのが目標です。グループから個人へ、ポスターを使った発表から論文制作へと活動のレベルをステップアップさせることで、主体的に課題を発見し、学びを深めていく力を育成する事例といえます。
STEAM教育を通じて、自ら学び理解を深める児童生徒を育む
STEAM教育は、これからの時代を生き抜いていくための資質・能力を、児童生徒が身につけていくために重要な役割を担っています。日本では、STEAM教育を独立した取り組みとして位置づけるのではなく、教科横断的な学びとして実践することが求められています。そのため、あらゆる教科の指導にSTEAM教育の要素を取り入れていくことが可能です。先進的な事例では、地域や企業の協力を得ながら、自ら学び、理解を深める探究活動が行われていました。学校だけでなく、地域や企業とも連携しでSTEAM教育に取り組む体制の充実が求められます。
ICTを活用した学習活動を支援する「SKYMENU Cloud」
GIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台の端末が配備され、ICTを基盤とした新しい学びのかたちが広がっています。児童生徒が自己調整しながら学びを進める「個別最適な学び」や多様な個性を最大限に生かす「協働的な学び」、これらの学びを一体的に充実させ、児童生徒が自らの手で未来を豊かに創り出していく力の育成を「SKYMENU Cloud」は支援します。