
“未来の教室”とは? 3つの柱や取り組み事例を解説

「未来の教室」とは、経済産業省が2018年に開始した実証事業で、EdTech(エドテック)などを活用した教育モデルを構築する取り組みです。日本がデジタル技術革新を核とした産業構造の変化をキャッチアップできていないという現在の課題を踏まえ、子どもたち一人ひとりを「未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)」へと育むための教育の在り方を示す取り組みとして、継続してきました。この記事では「未来の教室」の概要やポイントとなる「3つの柱」、実際の取り組み事例などをご紹介します。
「未来の教室」ビジョンとは?
「未来の教室」とは、未来を担う子どもたちの能力育成のため経済産業省が2018年に開始した実証事業で、EdTech(エドテック)などを活用した教育モデルを構築するための取り組みです。当初は5か年計画としてスタートし、2022年度に当初計画に区切りがついていますが、2023年度以降も継続されています。
2019年6月に公表された「『未来の教室』ビジョン(経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会 第2次提言)(以下、「未来の教室」ビジョン)」では、令和の教育改革に向けた課題として「世界で急速に進む、デジタル技術革新を核とした産業構造の変化に、我が国がキャッチアップできているかといえば、そうとは言い難い」という点を挙げ、その結果として国際競争力を喪失したと指摘しています。
その上で、「未来を見通しにくい時代に生きる我々に求められる力は何か。『創造的な課題発見・解決力』、つまり取り組むべき課題を自ら設定し、未来を見据えて有効な解決策を創りだす力である」とし、子どもたち一人ひとりを「未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)」へと育むための教育の在り方を提言しています。
出典:経済産業省「『未来の教室』ビジョン」
未来の教室における3つの柱とは
「未来の教室」ビジョンでは、「学びの STEAM 化」、「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」を3つの柱とし、柱ごとに乗り越えるべき課題と必要なアクションを示しています。ここでは、3つの柱の概要とそれぞれの課題・アクションを紹介します。
学びのSTEAM化
STEAM教育とは、「科学(Science)」「技術(Technology)」「工学(Engineering)」「芸術・リベラルアーツ(Art)」「数学(Mathematics)」の5つの分野を統合的に学ぶ教育のことです。「未来の教室」ビジョンにおいて「学びのSTEAM化」は、「教科学習や総合的な学習の時間、特別活動も含めたカリキュラム・マネジメントを通じ、一人ひとりのワクワクする感覚を呼び覚まし、文理を問わず教科知識や専門知識を習得する(=「知る」)ことと、探究・プロジェクト型学習(PBL)の中で知識に横串を刺し、創造的・論理的に思考し、未知の課題やその解決策を見出す(=「創る」)こととが循環する学びを実現すること」と定義されています。
「学びのSTEAM化」の実現に向けて、乗り越えるべき課題
- STEAM学習プログラム・授業編成モデル・評価手法の不足
- 学校現場は知識のインプットで手一杯で、探究・プロジェクト型学習(PBL)を行う余裕がないこと
- 他者との協働の基礎となる情動対処やコミュニケーションが難しい子どもも少なくないこと
課題の解決のために必要なアクション
- インターネット上に「STEAMライブラリー」、地域に「STEAM学習センター」を構築
- 知識はEdTechで学んで効率的に獲得し、探究・プロジェクト型学習(PBL)に没頭する時間を捻出
- 幼児期から学齢期にかけての基礎的なライフスキルや思考法の育成
学びの自立化・個別最適化
「未来の教室」ビジョンでは「『人の自立』は、教育の究極目的である」と位置づけており、「自立的な学習者として育つことを促す環境づくりが重要になる」としています。また、子どもたち一人ひとりは認知特性にも発達にも違いがあること、興味関心や将来の夢も異なることなどを前提として「自分に適した学び方を模索し、必要な助けを得ながら自ら選び、組み立てることが可能な学習環境づくりを進める必要があろう」と提言しています。
「学びの自立化・個別最適化」の実現に向けて、乗り越えるべき課題
- 一律・一斉・一方向型授業の神話
- 一人ひとりの学習者の個性(認知特性や理解度、興味関心)への細やかな対応の不足
- 授業時数・学年・居場所の制約(履修主義・学年制・標準授業時数、狭い「対面」の考え方)
課題の解決のために必要なアクション
- 知識の習得は、一律・一斉・一方向授業から「EdTechによる自学自習と学び合い」へと重心を移行
- 幼児期から「個別学習計画」を策定し、蓄積した「学習ログ」をもとに修正し続けるサイクルを構築
- 多様な学び方の保障(到達度主義の導入、個別学習計画の認定、ネット・リアル融合の学び方の導入)
新しい学習基盤づくり
「未来の教室」ビジョンでは、前述の「学びのSTEAM化」や「学びの自立化・個別最適化」を進めるために、「学習者中心」という考え方を核とした上で、早急に子どもたちの学習基盤が再構築される必要があると指摘しています。
ただし、この提言がなされた後、GIGAスクール構想によって児童生徒1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークが整備され、学校のICTインフラは、大幅に改善されました。また、学校における働き方改革や部活動改革などをはじめとした学校BPRも進展しています。
「新しい学習基盤づくり」の実現に向けて、乗り越えるべき課題
- EdTech を活用するには、学校ICTインフラがあまりに貧弱なこと
- 教師も子ども達も手一杯で、創造性を発揮する余裕がないこと
- 教師が学び続け、外部人材と協働する環境の不足
課題の解決のために必要なアクション
- ICT環境の整備(1人1台パソコン・高速大容量通信・クラウド接続の実現、調達改革・BYOD・寄付)
- 学校BPR(業務構造の抜本的改革)の試行・普及、部活動に縛られない放課後の充実
- 教師自身がチェンジ・メイカーとして、学校外の人材と学び協働し続ける環境づくり
未来の教室に欠かせないキーワード
「未来の教室」ビジョンが、3つの柱の一つとして挙げた「新しい学習基盤づくり」において、特に重要となるキーワードが「教育DX」と「学校BPR」です。ここでは、それぞれのキーワードについて、「未来の教室」では、どのように捉えられているかを紹介します。
「教育DX」学習指導要領が示す学びを実現するための手段
未来の教室が2021年10月に行った「『未来の教室』キャラバン」は、デジタル庁の「デジタルの日」とのコラボレーションイベントとして行われ、その中で、「『未来の教室』が目指す“教育DX”のビジョン」と題したセッションが設けられました。
この中で、デジタルトランスフォーメーションを表す「DX」という表記は、あえて「D」を小文字にして「dX」とすることで、「D=デジタル」の位置づけを小さく扱うべきだという趣旨の話がありました。これは、本来DXの目的は「X=トランスフォーメーション(生まれ変わり)」にあるので、デジタルはあくまで手段として活用することを強く意識すべきだという意見です。
その上で、学習指導要領に示された学びを実現するためには、従来の「クローズド型・垂直統合型」の教育の構造から「オープン型・水平分業型」のレイヤー構造へと転換していくことが重要であり、そのために教育DXが必要だと強調されました。
「学校BPR」学校における働き方改革
「未来の教室」では、子どもたちと向き合う時間を増やし、効果的な教育活動を行うために「子どもたちにとって真に必要なものは何か」を考えた「学校における働き方改革」が急務だとしています。そして、「学校BPR 学校における働き方改革」のページで、学校における働き方改革を実現するための方法を紹介しています。
「BPR(Business Process Re-engineering)」とは業務構造の抜本的改革を行うことで、民間企業における働き方改革でも用いられている手法です。「未来の教室」ビジョンでは、「教師が自分達の業務実態を分析し、自己目的化したような業務を大胆に捨て、デジタル・ファーストの考え方で業務環境を再構築する現場改革が必要」と指摘しています。
「未来の教室」実証事業の事例3選
「未来の教室」では、さまざまな実証事業が行われています。ここでは「『未来の教室』 実証事業」ページに掲載されている事例から、「学校BPR」「部活動改革」「探究・STEAM」の各カテゴリから1事例ずつ紹介します。
学校BPR:教育委員会が学校の伴走者に変わっていくためのプロジェクト型組織変革プログラム
本事業では、学校における働き方改革や業務改善は、単なる時間削減のためにあるのではなく「教育の質の向上」が目的であることを再確認し、教育委員会が管理から支援・伴走へと変容することが大きな後押しとなることを検証しました。
この実証では、大きく分けて3つの取り組みを行いました。一つ目が伴走者養成(学校に伴走する教育委員会事務局職員)として、各校の推進者と教育委員会の伴走者がペアになってプロジェクト型業務改善を推進。次に、教育委員会のプロジェクト型業務改善として、教育委員会事務局職員のわくわくを中心に、まず始めてみて小さな成功体験を積み重ねていく取り組み。さらに、「孤立した改革者」を防ぐための仕組みとして「教育委員会オンラインコミュニティ」を活用するという取り組みです。
主な実証成果
- 実証フィールドにおける社会的インパクト評価の事例創出
- 先行研究・事例の調査
- 実証フィールドでの実践を通じ、社会的インパクト評価における課題と対応策・工夫に関する知見の向上
参考:「未来の教室」実証事業「教育委員会が学校の伴走者に変わっていくためのプロジェクト型組織変革プログラム」
部活動改革:大規模自治体における地域資源・ネットワークを活用した部活動地域移行のモデル形成・検証
本事業では、部活動の地域移行において「既存の受け皿組織の活用」と「新たな受け皿組織の創出」の2つの実施モデルを設定して検証を行いました。また、大学のリソースを活用した部活動の地域移行の実現可能性についても検証しています。
具体的には、大阪市の中学校3校を対象として、バドミントン・水泳・陸上の部活動が地域移行し、既存のスポーツ組織(総合型地域スポーツクラブ、民間スポーツクラブ、大学の陸上部)が受け皿となって活動が行われることを想定した実証実験を行いました。さらに、別の5校で、卓球・陸上・バレーボール・サッカー・ダンスの部活動が、新たな受け皿組織を立ち上げて地域移行することを想定した実証実験を行いました。加えて、京都市の中学校8校では、陸上・サッカー・軟式野球・バスケットボール・バレーボールの部活動において、体育系の大学生33名が実際の指導を行いました。
主な実証成果
- 既存の地域スポーツ組織等とのコミュニケーション機会・信頼構築の仕組が重要
- 組織ごとに異なる指導人材の関与形態
- 地域移行後には管理責任を明確にすることが必要
- 災害共済給付制度以外の保険制度充実の可能性
参考:「未来の教室」実証事業「大規模自治体における地域資源・ネットワークを活用した部活動地域移行のモデル形成・検証」
探究・STEAM:「学校・行政・PTA・地域・企業」との連携による “真に個別最適化された探究的な学び”を実現・促進するエコシステムを構築する
本事業は、探究学習は教育委員会・学校・教員のこれまでの知見や専門性のみでは難しく、負荷も高いという課題があり、既存の公教育の体制を超えて、地域・企業のリソースを効果的に動員することが必須となっているという視座から、「学校・行政・PTA・地域・企業」との連携による“真に個別最適化された探究的な学び”を実現・促進するエコシステムを構築するための検証を行いました。
渋谷区教育委員会と保護者・PTAを基盤とした外部組織が連携し「地域連携の深化」と「個別最適化された学び(My / Our探究)の実現」という2点で、成果検証を行っています。具体的には、①学校現場へのリソースコーディネート支援として地域を含む学校関係者との関係構築のために各校に対しての担当(フェロー13名)の配置。②教育委員会と連携した仕組み化の促進として、シブヤ未来科「探究ポータルサイト」の運用を支援し、マッチング支援の仕組みを構築。③保護者・社会連携を進める学習発表会の支援として、渋谷区教育委員会との共催授業として、小学校18校、中学校8校が発表を行う探究フェスの企画・運営支援を行いました。
参考:「未来の教室」実証事業「学校・行政・PTA・地域・企業との連携により、真に個別最適化された探究的な学びを実現・促進するエコシステムを構築する」
学校や自治体の「未来の教室」の取り組み事例
「未来の教室」では、どのような取り組みが行われているのでしょうか。ここでは、「未来の教室通信」において紹介された取り組みから3つの事例を紹介します。
中高生の新たな居場所「オンラインサード・プレイス」
インターネットと通信制高校の制度を活用したネットの高等学校「N高等学校」「S高等学校」は、2022年度の実証事業において、オンラインサード・プレイスの創出とその効果測定を行いました。各校の生徒を中心に外部生2名と中学生1名を含む33名がコミュニティ活動者として参加し、8つの自主企画を実施しました。33名の企画に対して、イベント参加者・関係者は合わせて286名となり、発表イベント・勉強会の参加者は140名にのぼりました。期間内に行われた生徒主催のオンラインミーティングは計90回以上、チャット数は1.1万件を超えるなど、活発な活動が行われました。
参考:「未来の教室通信Vol.37」
部活動の概念を大きく変えた「三豊市放課後改革プロジェクト」
生徒数の減少などの影響によって、地方都市では学校における部活動の衰退が著しく、学校単位での部活動が難しい時代となっているといいます。香川県三豊市でも、市内7校の公立中学校でも多くの部活動が廃部や休部となっています。そこで、放課後に多様な選択肢を生み出すエコシステムの構築に取り組みました。持続可能な「三豊市 放課後プラットフォーム」を構築するため、市が一括して資金調達とインフラ整備を行い、生徒が企画やPRなどに参画するといった仕組みとしました。そして、実証事例として①持続可能な資金調達・運営モデルを導入、②学校と地域とつなぐ社団法人の設立、③地域クラブ「みとよフューチャーズ」の立ち上げ、④既成概念にとらわれない新たな部活動の発足、⑤「みとよ放課後クーポン」の導入・活用を推進といった、さまざまな取り組みを進めました。
参考:「未来の教室通信Vol.39」
ICTを活用した学習活動を支援する「SKYMENU Cloud」
GIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台の端末が配備され、ICTを基盤とした新しい学びのかたちが広がっています。児童生徒が自己調整しながら学びを進める「個別最適な学び」や多様な個性を最大限に生かす「協働的な学び」、これらの学びを一体的に充実させ、児童生徒が自らの手で未来を豊かに創り出していく力の育成を「SKYMENU Cloud」は支援します。