学校でのICT活用が進み、児童生徒が1人1台端末を活用している現在において欠かせない能力の一つに、「デジタル・シティズンシップ」があります。この記事では、デジタル・シティズンシップの基本的な考え方や情報モラル教育との違いのほか、日本におけるデジタル・シティズンシップ教育の実践などについて解説します。
デジタル・シティズンシップとは、デジタル技術によって社会に参加する能力のこと
デジタル・シティズンシップとは「デジタル技術の利用を通じて、社会に積極的に関与し、参加する能力」(欧州評議会「Digital Citizenship Education Trainers' Pack」より)を指します。情報の発信者としては、コンテンツの作成や公開、交流、学習、研究、ゲームなど、あらゆるデジタル関連の活動を通じてデジタル・シティズンシップを表現できます。また、オンライン消費者としての意識、オンライン情報とその情報源の批判的評価、インターネットのプライバシーとセキュリティの問題に関する知識など、情報の受け手としての能力も必要です。
デジタル・シティズンシップは「デジタル技術を用いて社会に参加するために必要な他者の尊重・相互理解の精神と、安全で責任ある行動倫理」とも言い換えられます。デジタル技術を用いた経験と対話を通じて身につけられるものであり、現代社会を生きるすべての人にとって不可欠な基礎教養とされています。
デジタル・シティズンシップを育む教育
デジタル・シティズンシップは、2007年にISTE(国際工学教育学会)による情報教育基準の一つとして位置づけられ、以降アメリカや欧州でデジタル・シティズンシップを育む教育について議論が進められてきました。2020年に欧州評議会が発表した「デジタル・シティズンシップ教育研修資料集」によると、デジタル・シティズンシップ教育とは「優れたデジタル市民になるために必要な能力を身につけることを目的とした教育」と定義されています。
欧州のシティズンシップ教育には政治リテラシーの育成も含まれますが、欧州評議会はデジタル・シティズンシップ教育が児童生徒に特定の信念を受け入れたり、オンライン上の特定の政治活動に参加するよう説得したりすることではないことを明確にしました。むしろ、新しいテクノロジーがもたらす機会を考慮し、自ら情報に基づいた選択ができるようになることが目的であるとしています。
デジタル・シティズンシップ教育とGIGAスクール構想との関係性
2019年に文部科学省が提唱したGIGAスクール構想によって、日本でもデジタル・シティズンシップ教育の重要性が一層高まっています。学校のICT環境の充実を図るGIGAスクール構想において、児童生徒は自分の専用端末を利用することになりました。これまでは、教員の指導の下で利用するものであったICT機器は、児童生徒の日常に密接に組み込まれ、学校生活・学習活動に欠かせないものとなりつつあります。
1人1台端末を活用する上で、児童生徒をICTから遠ざけたり、ルールを課したりして利用を制限することは、学校教育に求められている方向性に即しているとはいえません。ICT機器の使用ルールを定めることは必要ですが、同時に児童生徒がデジタル技術を適切に活用するために必要な知見や考え方、倫理観を身につけることが必要です。GIGAスクール構想では、教員や保護者による介入がなくても、児童生徒がICTを自律的に活用できる能力が求められています。
デジタル・シティズンシップ教育と情報モラル教育の違い
デジタル・シティズンシップ教育と、これまで日本で進められてきた情報モラル教育とでは、指導内容に共通するところはあるものの、対象とする社会と教育がめざす目的が異なります。
文部科学省は情報モラルを「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」であると定め、各教科の中で情報モラルが身につくよう、モデルカリキュラムを示しました。その5つの柱となったのが「情報社会の倫理」「法の理解と遵守」「安全への知恵」「情報セキュリティ」「公共的なネットワーク社会の構築」です。情報モラル教育で対象となるのは情報社会であり、その中で適切な使用を促す考え方と態度を身につけるための指導が行われてきました。また、児童生徒が直面する恐れのあるトラブルや危険性について周知することにも重きが置かれています。
一方、デジタル・シティズンシップ教育では、児童生徒がデジタル技術を自律的に活用し、社会に参加するための「安全で責任ある相互理解の精神と行動倫理」を身につけることを目指しています。対象となるのはデジタル技術の使用を前提とした社会全体であり、多様な人々がつながるなかで、他者との対話による相互理解や協力関係の構築を重視しているのが特徴です。デジタル技術が児童生徒のライフラインとなっている現代では、行動規範をそのまま教えるだけではなく、自ら善悪を考えられる教育が求められています。デジタル・シティズンシップを培っていくには、情報モラル教育とのバランスを考慮し、相互に矛盾することのないよう気を配ることが必要です。
日本におけるデジタル・シティズンシップ教育の実践
情報モラル教育が先行してきた日本では、デジタル・シティズンシップ教育の実践に向けて議論や周知活動が進められています。2022年に内閣府が公表した「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」では、児童生徒のデジタル・シティズンシップを育成することが喫緊の課題であるとし「次期学習指導要領の改訂の検討においても、デジタル・シティズンシップ教育を各教科等で推進することを重視」することが示されました。現時点では、日本独自の学習教材や事例が少ないため、教材開発とともにカリキュラムの基準の提示や教員研修の充実が急がれます。
デジタル・シティズンシップ教育の指導や教材に必要な5つの特徴
文部科学省の有識者会議における資料「安心安全な利活用とデジタル・シティズンシップ教育」が公開されています。この資料の中で、デジタル・シティズンシップ教育の指導や教材には、以下のような特徴が必要とされています。
デジタルコミュニケーションの積極的な道具的社会的意義を認める
デジタルコミュニケーションは、私的利用にとどまらず公的な場でも活用されるべきものであり、情報消費・知的生産のどちらの場面でも活用できるツールとして意義があることを認める必要があります。
学習者の自律と課題解決を促す
教員による指導や保護者による介入がなくても、児童生徒自身が自律的に判断し、課題を解決していく力を培っていけるよう促すことが求められます。
児童生徒が直面するデジタルジレンマへの共感と真正の問いがある
デジタル・シティズンシップにおけるデジタルジレンマとは、便利で魅力的なデジタルメディアと日常生活とのバランスをどのように取るかといった課題を指します。児童生徒がオンライン環境で直面する、こうした状況への深い理解に基づく指導が欠かせません。
実態に即した幅広い発達視点で構成する
デジタル・シティズンシップ教育の教材は、教育を受ける児童生徒の発達段階に応じて想定される実態に即した視点と、学習者の立場や認識に寄り添うシナリオで構成されていることが大切です。
統合的・合理的指導法を選択する
学校の年間教育計画と統合することにより、各教科の授業ならびに学校生活全般においてデジタル・シティズンシップ教育を実践していく体制を構築することが求められます。
日本におけるデジタル・シティズンシップ教育の課題
デジタル・シティズンシップ教育が抱えている課題に、「デジタルデバイド」があります。デジタルデバイドとは、年齢や地域・インターネット環境の整備状況など、さまざまな条件によって生じる情報格差のことです。デジタル・シティズンシップ教育の推進にあたって、「学校・家庭間」「世代間」という2重のデジタルデバイドが生じているケースが少なくありません。
学校・家庭間のデジタルデバイドは、保護者が学習にICTが不要であると認識していたり、ICTの利用による健康被害や依存といったデメリット面を懸念したりすることによって生じる傾向があります。また、生まれたときからICT機器が身近にあった児童生徒と、成人してからICTに触れた教員や保護者との間では、世代間のデジタルデバイドが生じがちです。こうしたデジタルデバイドを解消することが、デジタル・シティズンシップ教育を推進していく上で急務といえます。
家庭で学ぶデジタル・シティズンシップ
学校におけるICT活用を推進していくには、保護者の理解が欠かせません。保護者の多くは自身が学校でICTを利用した経験が少ないことから、学習利用への理解が十分とはいえないことも想定されます。今後、家庭学習でもICT活用を広げていくためには、児童生徒と保護者がデジタル・シティズンシップについて共に学んでいくことが重要です。
文部科学省では、「家庭で学ぶデジタル・シティズンシップ~実戦ガイドブック~」および「家庭で学ぶデジタル・シティズンシップ~保護者向けワークショップ~」を公開しています。これらの教材には、家庭でのICTの使い方や保護者が介入する度合い、SNSの適切な利用方法といった実践的なテーマが扱われているため、デジタル・シティズンシップへの理解を深めていけます。
デジタル・シティズンシップは社会全体で培っていくべきスキル
10年後、20年後の予測不可能な社会では、自ら考え行動するデジタル・シティズンシップのスキルが欠かせません。児童生徒のデジタル・シティズンシップを育成するには、学校のみならず、家庭や地域を含む社会全体の理解と協力が求められます。基本的な使用ルールを定めることや、情報モラル教育を実施していくことと並行して、児童生徒が他者との対話を深められる環境を整えることも重要な課題です。デジタル・シティズンシップは、児童生徒だけでなく、大人も含めた社会全体で培っていくべきスキルだといえます。
ICTを活用した学習活動を支援する「SKYMENU Cloud」
GIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台の端末が配備され、ICTを基盤とした新しい学びのかたちが広がっています。児童生徒が自己調整しながら学びを進める「個別最適な学び」や多様な個性を最大限に生かす「協働的な学び」、これらの学びを一体的に充実させ、児童生徒が自らの手で未来を豊かに創り出していく力の育成を「SKYMENU Cloud」は支援します。