近年の技術革新による加速度的な社会の変化だけではなく、新型コロナウイルス感染症の拡大や、相次ぐ自然災害の発生など、現代はこれまでの方法論が通用しない予測困難な時代といわれています。このような時代を象徴するキーワードが「VUCA(ブーカ)」です。今、教育分野でもVUCA時代を想定し、さまざまな検討が行われています。この記事では、VUCAの意味や概要のほか、VUCA時代に必要とされている資質・能力、教育の在り方について考えます。
VUCAとは、目まぐるしく変化する予測困難な状態のこと
VUCAとは、「変動的で不確実、複雑で曖昧」を意味し、目まぐるしく変化する予測困難な状態のことです。「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」という4つの英単語の頭文字を取った造語で、「ブーカ」と読みます。
元は東西冷戦終結後にアメリカで使われた軍事用語で、国家間の問題が複雑化して軍事的な戦略を立てることが難しくなり、従来の手法が通用しない状態を表す言葉でした。2010年ごろからビジネス領域でも使われるようになり、2016年に開催された世界経済フォーラム(ダボス会議)で、現代のことを「VUCAワールド」と形容したことをきっかけに注目されるようになったといわれています。まずは、それぞれの単語の意味を確認します。
Volatility(変動性)
「Volatility」とは、変動性のことです。テクノロジーの進化により、次々と新しい商品やサービスが生み出される現代において、消費者や顧客のニーズは多様化し、常に変化し続けています。変化が激しく、今後の予測が難しい状態を、変動性という言葉で表しています。
Uncertainty(不確実性)
「Uncertainty」とは、不確実性のことです。地球温暖化による気候変動や自然災害の発生、新型コロナウイルスなど未知の感染症の世界的流行、少子高齢化による経済規模の縮小など、現代はいつ何が起こるかわかりません。Uncertaintyは、過去の経験を基に着実な成長を遂げてきた社会にとって、現代を構成する要素はあまりに不確実であることを表現しています。
Complexity(複雑性)
「Complexity」とは、複雑性のことです。多様な物事が絡み合い、単純な解決策を導き出すことが難しい状態を表しています。特に現代を複雑にしているのが経済のグローバル化です。サプライチェーンは世界規模に広がり、一つのビジネスに複数の国や企業が関わって、相互の関係性がわかりにくくなっています。問題があった場合の原因は一つではなく、意思決定プロセスにおいてどの要素が重要だったのかを見定めることも困難な状態があります。例えば、ガソリン価格の高騰により物流コストが増大し、その結果としてあらゆる品物の価格に影響を与えるように、一見すると直接は関係しないように思える事柄が、実際は密に影響し合っているということも少なくありません。
Ambiguity(曖昧性)
「Ambiguity」とは、曖昧性のことです。VUCAの文脈では、明確さが欠如した情報や複数の解釈ができるデータ、不明瞭な境界線などを指します。例えば、ITの進化によってビジネスにおける各業界の境界線は曖昧になっています。例えば自動車業界など、これまではある一つの業界が手掛けていた領域に、IT企業が進出することで大きな変化が生まれているといったことです。こうしたボーダーレス化が進むことで、将来の予測が困難になることも少なくありません。また身近なところでは、不明確なコミュニケーションによって誤解や混乱が生じ、意思の疎通が難しい状態なども曖昧性を含んでいます。
学習指導要領はVUCA時代を想定している
学習指導要領の改訂時に行われた2016年の中央教育審議会の答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校および特別支援学校の学習指導要領等の改善および必要な方策等について」(以下、平成28年答申)では、「予測困難な時代に、一人一人が未来の創り手となる」教育をめざすことが示されています。答申ではAIと比較した上で、人間が本来持ち合わせている価値や強みについて言及されました。その内容は「感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え出す」ことや、「答えのない課題に対して、多様な他者と協働しながら目的に応じた納得解を見いだしたりする」ことなどです。加速度的に進展する情報化やグローバル化、あるいは誰も予測できなかった未曽有の感染症の流行にも対峙できる、たくましい児童生徒を育成することが、これからの学校教育には求められています。
時代に合わせて見直されてきた学習指導要領
ご存じのとおり、学習指導要領は時代の変化や児童生徒の状況、社会の要請などを踏まえ、およそ10年ごとに改訂されています。例えば1958年の改訂は、日本が工業化という共通の社会的目標に向けて、教育を含めたさまざまな社会システムを構築していくことが求められるなかで行われました。また、1989年の改訂は、高度経済成長が終焉を迎えるなかで個性重視の下「新しい学力観」を打ち出しています。2008年の改訂では、教育基本法の改正により明確になった教育の目的や目標を踏まえ、知識基盤社会でますます重要になる児童生徒の「生きる力」をバランスよく育んでいく観点から見直しが行われました。それらの経緯を踏まえて改訂されたのが2017年の学習指導要領改訂で、「主体的・対話的で深い学び」を主軸とし、2020年度の小学校から順次実施されています。
VUCA時代の中で育むべき資質・能力
VUCA時代に育むべき資質・能力は、2021年の中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」(以下、令和3年答申)で「次代を切り拓く子供たちに求められる資質・能力」として示されています。具体的には「文章の意味を正確に理解する読解力」「教科等固有の見方・考え方を働かせて自分の頭で考えて表現する力」「対話や協働を通じて知識やアイディアを共有し新しい解や納得解を生み出す力」などが挙げられました。
VUCA時代を生き抜くために必要な力
中央教育審議会が示したVUCA時代に育むべき力は、いずれも、児童生徒がこれから社会に出ていく上で欠かせない力です。ここでは、一般的にVUCA時代を生き抜くために必要とされている力を紹介します。
適切な情報収集活用力
VUCA時代に求められる力の一つが、適切な情報収集活用力です。これからは、膨大な情報の中から必要な情報を見つけて、目的に合わせて編集して活用する力が求められます。インターネットの普及により、誰もが場所を問わず無数の情報にアクセスできるようになりました。しかしそれらの情報は、必ずしも正しい情報とは限りません。読解力と自らの知識を働かせて情報の信ぴょう性を見極め、適切に活用する力が求められます。
迅速な意思決定力
VUCA時代に求められる力に、迅速な意思決定力があります。現代は予測できないスピードで変化していくため、物事を慎重に検討する時間はそう多くありません。目まぐるしく変わる環境を的確に捉え、素早く判断を下さなければ後れを取ってしまいます。動き出すことさえできれば、その後の状況に応じてプランを練り直し、アクションを修正することもできます。意思決定を促すフレームワークを活用することも有効とされています。
臨機応変な課題対応力
VUCA時代に求められている力の一つに、臨機応変な課題対応力が挙げられます。想定外の事態が頻繁に起こる現代では、問題に直面したときでも柔軟に解決策を探る力が求められます。ここ数年の間を見ても、大きな地震や未知の感染症の流行など、予測し得なかった事態が発生しました。一般企業においては事業計画の変更を余儀なくされたケースも少なくありません。学校も大きな環境変化にさらされ、迅速かつ柔軟な対応が求められました。今のように不確実な世界では、日頃から複数の選択肢を想定しておくような心構えも必要です。
コミュニケーション力
VUCA時代に求められる力として、コミュニケーション力も重要です。個々の多様性を受け入れる社会が志向されている今、一つの企業だけを見ても、さまざまな国籍や価値観、文化、言語を持った人が在籍しています。そのような中で求められるのが、正確な意思疎通ができる力です。読解力はもちろん、異文化に対する知識を蓄積できているか、またそれを受容する感性を持ち合わせているかといったこともコミュニケーション力の大きな要素となります。コミュニケーション力は「対話や協働を通じて知識やアイディアを共有し新しい解や納得解を生み出す力」につながります。
論理的な課題解決力
VUCA時代には、論理的な課題解決力が必要です。変化が激しい社会では、これまでの方法論が通用しないことが少なくありません。それならば、現在の状況を正確に把握して分析した上で、新しい解決方法を考えるしかありません。根拠を論理的に整理し、物事の本質を見極めて思考することで、「本当にこれでよいのか」と、前提から疑う姿勢も生まれ、過去の事例にとらわれない解決策にたどり着けます。
新たな価値創造力
VUCA時代に求められる力には、新しい価値を創造する力もあります。令和3年答申で「次代を切り拓く子供たちに求められる資質・能力」の一つに「対話や協働を通じて知識やアイディアを共有し新しい解や納得解を生み出す力」が挙げられたとおり、新しい価値は必ずしも1人で創造することが求められているわけではありません。それぞれ異なる力を持つ人が集まり、新しい切り口、新しい捉え方、新しい活用法などを発見することで、新たな価値を生み出すことにつながります。
VUCA時代に必要な力を育む新しい教育の模索(国際的な議論)
VUCA時代の到来を踏まえ、世界ではこれからの教育の在り方について議論が行われています。ここでは、「OECD Education 2030プロジェクト」で検討されていることや、VUCA時代に求められる意思決定のプロセス「D-OODAループ」について紹介します。
近未来に向けた教育をつくる「OECD Education 2030プロジェクト」
「OECD Education 2030プロジェクト」とは、経済協力開発機構(OECD)が2015年から取り組んでいる教育プロジェクトです。2030年を生きる児童生徒に求められるコンピテンシー(行動特性)を検討し、その育成につながるカリキュラムや授業法、学習評価などを創造しています。日本は開始当初からこのプロジェクトに参加し、国際的なコンピテンシーの設計やカリキュラムに関する議論に積極的に参加してきました。ここでは、その内容の一部を紹介します。
自ら進むべき方向を見いだすための「学びの羅針盤(ラーニング・コンパス)」
「学びの羅針盤(ラーニング・コンパス)」とは、OECD Education 2030プロジェクトが掲げる「2030年の教育に必要なビジョン」です。未来に向けて進化し続ける「学習の枠組み」であるとしつつ、児童生徒が何を学ぶべきかを選択するための方向性を示しています。ビジョンの構成要素として「ウェルビーイング」「知識・スキル・態度」「学びの基盤となる力」「行動特性」そして「見通し(Anticipation)」「行動(Action)」「振り返り(Reflection)」を繰り返す「AARサイクル」などを取り上げています。学びの羅針盤という名称は、児童生徒が教員の決まった指示をそのまま受け入れるのではなく、自力で進むべき方向を見いだしてほしいという思いが込められたものです。
学びの羅針盤におけるカリキュラムの考え方
学びの羅針盤では、過去の教育カリキュラムについて「往々にして静的であり、直線的で固定的な構造」であると批判的な立場を取っています。教育目標や児童生徒に必要なコンピテンシーを再考するべきだとして、「2030年に望まれる社会のビジョン」と「そのビジョンを実現する主体として求められる生徒像とコンピテンシー」を提唱しました。その後も、コンピテンシーの育成やカリキュラムが現場で効果的に実施されるために、教授法・評価法や教員育成法などについて、国際的な論議を重ねています。
学びの羅針盤における学習プロセスの考え方
学びの羅針盤では、学習プロセスの指針として「AARサイクル」を提唱しています。AARサイクルは、学習者が継続的に自らの思考を改善し、集団のウェルビーイングに向かって意図的に、また責任を持って行動するための反復的な学習プロセスとされています。これによって、よりよい未来の創造に必要なコンピテンシーが育まれるとしています。
VUCA時代に有効な意思決定フレームワーク「D-OODAループ」
VUCA時代に有効な意思決定のプロセスとされているのが「D-OODAループ」です。D-OODAループの前身となる「OODAループ」は、アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が提唱したもので、元は機動性を重視する軍事行動における意思決定のための理論でした。OODA(ウーダ)という名称は、「Observe(観察)」「Orient(状況判断)」「Decide(意思決定)」「Act(行動)」の4つのステップの頭文字から名づけられています。これらのステップに「Design(デザイン・計画)」が追加されたものが「D-OODAループ」です。迅速性と柔軟性を兼ね備えたこのフレームワークは、教育の場でも活用できると考えられています。
OODAループを取り入れた教育の実践
OODAループを教育現場に取り入れた場合、そのプロセスはどのように活用されるのでしょうか。小学校の社会科でOODAループを実践した例を紹介します。
小学校の社会科にOODAループを取り入れた例
- Observe(観察)
教員が提示した資料に対する児童の反応を観察します。教員の考えは極力入れず、児童の実際の声を収集することが重要です。また、単元を展開する材料となるように記録を残します。 - Orient(状況判断)
観察の記録から、児童に何を学ばせ、教員は何を支援するかを整理して仮説を立てます。例えば、児童が生活体験と資料にどのような相違点を感じているか、児童に見えていない事実をどのように提示するかといった仮説です。 - Decide(意思決定)
仮説に基づき、授業展開の意思決定を行います。例えば、資料をさらに深く分析させるのか、ほかの資料を提示するのか、児童の発言を取り上げて深く追究するのかといった意思決定です。 - Act(行動)
意思決定の方針に従って授業を実践し、仮説がどのような発展性を持っているのかの検証を行います。
上記の4ステップを繰り返すことで、授業計画ありきの単元展開から、児童の実質的な学びを促進する柔軟な単元展開へ導けると考えられています。
OODAループの効果を最大化する「D」の取り入れ方
OODAループの効果をさらに向上させるのがD-OODAループの「D」です。「D」はDesignのことで、管理者が示すざっくりとした計画や大枠のデザインを表します。学校教育においては「教員が示す学習デザイン」にあたります。学習デザインは従来の単元計画とは異なり、教員が学習内容の大枠を児童生徒に示した上で、児童生徒との対話によって「学びのストーリー」の大筋をつくるというプロセスです。
計画の場合はそのとおりに進めることが前提となりますが、「学習デザイン」では常に変更があり得ることを前提としています。教員と児童生徒が学習のストーリーを共有することによって、教育実践においてOODAループが最大の効果を発揮すると考えられています。
VUCA時代の教育は、児童生徒と一緒につくっていく
VUCAとは、目まぐるしく変化する予測困難な状態のことです。これからの学校教育には、VUCA時代をたくましく生きる児童生徒を育成することが求められています。そのためには、「適切な情報収集活用力」や「迅速な意思決定力」「臨機応変な課題対応力」などを身につけられる学習が必要になります。学習プロセスを検討する場合は、教員から児童生徒への一方的の指導ではなく、迅速性や柔軟性を持った双方向性の教育であることが大切だとされており、VUCA時代を生き抜くために必要な力を育む手段として、AARサイクルやD-OODAループといった考え方が有益なヒントになるかもしれません。
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